
小学校の廊下で、5万冊のマンガを読む——京都国際マンガミュージアム
明治2年に町の人たちがお金を出し合って開いた龍池小学校。その昭和初期の校舎が、いまはマンガのミュージアムになっている。資料は約30万点、そのうち約5万冊が「マンガの壁」に並び、廊下でも階段でも芝生の校庭でも自由に読める。京都市と京都精華大学が2006年に開いた、マンガを「文化」として集める場所。
Travel & Architecture
世界の図書館をめぐる旅の記録。建築と本が交差する場所で、 時間の流れが少しゆっくりになる気がする。

明治2年に町の人たちがお金を出し合って開いた龍池小学校。その昭和初期の校舎が、いまはマンガのミュージアムになっている。資料は約30万点、そのうち約5万冊が「マンガの壁」に並び、廊下でも階段でも芝生の校庭でも自由に読める。京都市と京都精華大学が2006年に開いた、マンガを「文化」として集める場所。

建築家・坂倉準三が1964年に設計した旧上野市庁舎が、図書館とホテルの複合施設「SAKAKURA BASE」に生まれ変わった。2026年4月1日に開館した伊賀市中央図書館は、同じ建物にホテルが入る「日本初の泊まれる公共図書館」。旧議場は60席の学習室になった。名建築の保存にこだわった図書館。

人口6万人台の長野県塩尻市が、空洞化した中心市街地に2010年に建てた複合施設「えんぱーく」。その核にしたのが図書館だった。地元の書店と手を組み、作家や編集者を招く「本の寺子屋」を開き、ビジネスや子育てまで支える。図書館で街を変えようとした、まちづくりにこだわった図書館。

東京ドームの一角、21ゲート脇にある野球殿堂博物館。殿堂入りした名選手のレリーフが並ぶ展示室の奥に、野球の本だけを5万冊以上集めた図書室がある。選手名鑑、球団史、戦前の野球雑誌、ルールブック。1959年の開館から日本の野球界全体で守ってきた、白球の記録の書庫。Phase 5東京編の最後の一館。

料理書、食材の専門書、酒、調味料、お菓子、食のエッセイにマンガまで。高輪の閑静な住宅地にある公益財団法人味の素食の文化センターの図書館は、「食べること」に関する本だけを約4万冊集めている。江戸時代の料理本や浮世絵もそろう、食の専門図書館。入館無料。

国内外のガイドブック、時刻表、機内誌、旅行パンフレット、そして戦前の旅行書2,300冊。公益財団法人日本交通公社が1978年から集めてきた約6万冊の「旅の本」が、南青山のビルの地下に並ぶ。入館無料、誰でも使える。旅と図書館をテーマにしたこのブログが、いちばん訪ねたかった専門図書館。

1940年、全盲の青年・本間一夫が自分の点字本をもとに開いた小さな図書館は、いまでは点字図書と録音図書を製作し、全国の視覚障害者に郵送で無料で届ける日本最大級の点字図書館になった。ここは、目で読む人のための図書館ではない。Phase 5で最も「誰のための図書館か」がはっきりした一館。

1950〜60年代、東京の4人の女性が自宅を開放し、近所の子どもに本を貸し、お話を語った。石井桃子の「かつら文庫」、松岡享子の「松の実文庫」。その家庭文庫が集まって1974年に生まれたのが、子どもの本と読書にこだわる私立図書館だ。50年かけて選び抜いた本と、語りの技術がここにある。

コミックマーケットを育てたマンガ評論家・米沢嘉博の蔵書14万冊と、日本初のマンガ専門図書館を開いた貸本屋の主人・内記稔夫のコレクション27万点。二人の「マンガを捨てなかった人」の本棚が、明治大学の駿河台キャンパスで一つになった。同人誌から貸本漫画まで、日本最大級のマンガの書庫。

評論家・大宅壮一が集めた雑誌を引き継ぎ、1971年に開館した日本初の雑誌専門図書館。明治以降約130年分、80万冊の雑誌を所蔵し、独自の索引で記事を一本単位で引ける。自宅を増改築した迷路のような書庫は、テレビや出版の現場が困ったときに駆け込む「雑誌の最後の砦」だ。

1962年、日本には近代文学の資料を保存する専門図書館がなかった。作家・高見順は文壇に呼びかけ、川端康成らとともに政財界に頭を下げて資金を集めた。起工式の翌日、高見は亡くなる。1967年、駒場公園に開館した文学館には、いま120万点以上の原稿・初版本・雑誌が眠っている。

1901年、成田山新勝寺の貫首・石川照勤は文部大臣に図書館の設置を届け出た。目的は「公衆ノ閲覧ニ供センガ為メ」。お寺が建てた図書館は、仏教書だけでなく漱石の初版本や明治の美術雑誌まで集め、120年以上続いている。大本堂の裏手、聖徳太子堂の下にある閉架式の私立図書館。

「合併しない宣言」で知られる福島の小さな町には、図書館も書店もなかった。2006年、町は全国に「読まなくなった本をください」と呼びかける。集まったのは48万冊。武道場を改装し、寄贈本だけで開館した全国初の町立図書館は、本を買わずに始まった。

作家・井上ひさしは、自分の蔵書を「必要な本だけ選ぶ」という条件での引き取りを断り、雑本も付箋も書き込みも丸ごと、故郷の山形県川西町に送った。約7万冊から始まった文庫は、いま約22万点。作家の頭の中を棚ごと歩ける、日本でも珍しい図書館だ。

2012年まで図書館がなかった岩手の農業の町に、駅前の官民複合施設「オガールプラザ」の中核として生まれた図書館。隣の産直の野菜売り場にレシピ本のPOPを出し、公民館へ出向いて野菜づくりの講座を開き、獣害対策まで一緒に考える。農業支援にこだわった図書館。

人口3千人ほどの北海道の農村が、1988年、町の青年14人の発案で「絵本の里」を名乗った。旧役場を改修した絵本の館から始まり、来館者の投票で決まる絵本賞は36回を数え、2026年には全国初の絵本のまちづくり条例まで施行された。Phase 5「こだわりの図書館」シリーズ、最初の一館。

1910年の開館式で、初代館長・伊波普猷は「閲覧人多くして一日も早く狭隘を告げんことを希望す」と述べた。沖縄戦で灰になった図書館は、108年後、バスターミナルの上に移って一日7,000人が押し寄せる場所になる。Phase 4の最終回は、本当に「狭く」なった県立図書館。

鶴丸城の二之丸跡、西南戦争の最終日に焼けた場所に建つ県立図書館。かつて館長を務めたのは児童文学作家の椋鳩十で、「母と子の二十分間読書運動」はここから全国へ広がった。平日は夜9時まで開館し、3階には中学生以上が使える学習室がある。

1959年4月、宮崎県立図書館は隣の建物からの類焼で全焼した。半年後、県民の献本運動で7,400冊が集まる。いまの館は4代目で、宮崎大学農学部の跡地にできた総合文化公園の一角に建ち、テーマは「光と陰の織りなす綾」。美術館・芸術劇場と並ぶ、宮崎の文化ゾーンの図書館だ。

大分市出身の建築家・磯崎新は、県立図書館を二度設計している。1966年、出世作となった旧館。1995年、公文書館・先哲史料館と一体の「豊の国情報ライブラリー」。旧館はアートプラザとして残り、二つの図書館をいまも同じ日に見て回れる。

1945年の熊本大空襲で、熊本県立図書館は蔵書8万3000冊と館舎のすべてを失った。再開の第一歩は、熊本の老舗書店・長崎次郎書店の中に置かれた分室だった。物産館の付属図書館として1896年に始まり、水前寺江津湖公園のほとりで「温知館」と呼ばれるまでの130年を訪ねる。

長崎県立長崎図書館が大村市へ移ったあと、長崎市の旧館跡地には郷土資料だけが残された。2022年3月に開館した郷土資料センターは、長崎に関する約19万冊と県の歴史的公文書を預かる施設。隣は長崎奉行所跡に建つ長崎歴史文化博物館。本は50点まで22日間借りられる。

長崎県立長崎図書館と大村市立図書館が、施設区分も蔵書区分もない一つの図書館になった。それがミライon図書館。県と市が共同運営する図書館としては、高知のオーテピアに次ぐ日本で2例目である。収蔵能力202万冊は都道府県立で全国6番目、九州最大規模。設計はオーテピアと同じ佐藤総合計画。

閲覧机と書架の寸法から、建物全体の設計を決める。1963年に開館した佐賀県立図書館は、内田祥哉のモデュール理論にもとづいて設計された建築で、2022年にDOCOMOMO JAPANに選定された。設計は高橋靗一と内田祥哉。そして毎月最後の水曜日しか休まない、週定休のない県立図書館でもある。

天神で生まれ、福岡大空襲で焼け、東公園へ移り、文化会館の中に入り、そして箱崎へ。福岡県立図書館は4度居場所を変えてきた。別館の子ども図書館は、もとは県議員会館だった建物である。なお2026年11月2日から2027年1月18日まで、設備更新工事のため臨時休館する予定になっている。

高知県立図書館と高知市民図書館が、2018年にひとつの図書館になった。都道府県立と市立の合築は日本初、そして世界初。正式名称は「高知県立図書館 高知市立市民図書館」という。収蔵能力205万冊、中四国最大級。この連載で追ってきた県立と市立の関係が、ここで最終形にたどり着く。

愛媛県立図書館が再開館したのは、2026年8月22日。耐震改修のため1年10か月にわたって閉館し、その間は貿易センターの3階を仮設図書館にしていた。約6億8千万円をかけた工事で震度7に耐える建物になり、子ども読書室には県産材の木のブックツリーが立った。3階には104席の学習室。松山城のお堀の中にある、帰ってきたばかりの県立図書館である。

香川県立図書館が建つのは、旧高松空港の跡地である。そして屋根は、遠い山並みと飛行機の翼をモチーフにして設計された。土地の記憶が、建物の形に残っている。空海資料5,300冊と、元首相・大平正芳の蔵書8,593冊を抱える、讃岐らしい県立図書館だ。

徳島県立図書館には「橋と川」という特別集書コーナーがある。吉野川と大鳴門橋を抱える県らしい収集方針だ。館が建つ文化の森総合公園には、図書館・文書館・博物館・美術館など6館が集まる。そして蜂須賀家が集めた阿波国文庫を抱え、県民1人当たりの貸出冊数では都道府県立の首位に立ったこともある。

公立図書館で日本最初の児童閲覧席。公立図書館で日本最初の公開書架。日本初の標準分類表。そして日本で最初の近代的な文書館。1903年に開館した山口県立山口図書館には、いまの図書館が当たり前にしていることの起点がいくつも眠っている。仕掛けたのは初代館長・佐野友三郎だった。

広島県には、戦前に県立図書館がなかった。1951年、博覧会で使われた書架一式の寄付をきっかけに生まれたのは「広島県児童図書館」。県立図書館になったのは、その3年後である。開館記念日の11月3日だけは、祝日でも開ける。小さいけれど、来歴の濃い県立図書館だ。

入館者数と個人貸出冊数で、都道府県立図書館の全国1位を何度も獲ってきた岡山県立図書館。2024年も個人貸出は全国で唯一100万冊を超えた。蔵書は約160万冊で大阪・東京に次ぐ全国3位。中学校の跡地に建ったこの館が、なぜこれほど使われるのか。館の答えは3つめが面白い。

菊竹清訓が1968年に設計した島根県立図書館は、国の登録有形文化財。閲覧室をL字型にして、その要に司書を置く。レファレンスサービスがこれからの図書館で重要になると見越した平面計画だった。松江城の堀端に建つこの館は、築50年を超えて初めての大規模改修を控えている。

2006年、第1回Library of the Yearの大賞に選ばれたのは、人口が全国でいちばん少ない県の図書館だった。財政力指数0.22の県で、図書館も地域経済に貢献したいとビジネス支援を始めた鳥取県立図書館。本を貸す図書館から、県民の課題を解く図書館へ。その転換は「鳥取モデル」と呼ばれている。

紀州徳川家16代当主・徳川頼貞が集めた西洋音楽コレクション「南葵音楽文庫」。ベートーヴェンの自筆楽譜を含む2万点が、2017年に和歌山県立図書館で公開された。頼貞はかつて、この図書館の後援会総裁だった人物である。1908年に和歌山城内で開館し、戦中戦後に二度接収された館を訪ねる。

奈良県の県立図書館は「図書館」と名乗らない。正式名称は奈良県立図書情報館。条例には公共図書館・情報センター・専門図書館という3つの機能が書かれている。電源とWi-Fiのある席を予約して勉強でき、年中9時から20時まで開き、明治以来の県行政文書まで抱え込んだ館だ。

兵庫県立図書館の蔵書は668,711冊。都道府県立図書館47館のなかで最下位である。だがこの数字には理由があり、そして数では測れないものがある。阪神・淡路大震災の記録を集めた「フェニックス・ライブラリー」だ。県庁所在地の神戸ではなく、明石城跡の公園のなかに建つ県立図書館を訪ねる。

蔵書208万冊、公立図書館の単館としては日本一。地下の書庫はあまりに広く、職員は自転車で移動する。2010年には吹田の国際児童文学館から約70万点が移ってきた。菓子のおまけ絵本まで集めるコレクションを抱えた、東大阪の巨大な図書館である。

平安神宮の大鳥居のそばに建つ京都府立図書館。正面の外壁だけが、1909年に武田五一が設計した煉瓦造の姿をとどめている。阪神・淡路大震災で損傷した旧館は、ファサードを残して建て替えられた。源流をたどれば1873年の「集書院」——日本で最初の公立の公開図書閲覧施設にたどり着く。

蔵書130万冊に対して、閲覧席はわずか35席。持ち込みの自習もできない。滋賀県立図書館は、館内で読ませることを前提にしていない図書館だ。その代わり滋賀県は、県民1人当たりの貸出数で長く全国1位を走ってきた。1980年に着任した一人の館長が、この県の図書館を作り変えた。

三重県立図書館は、自習のための座席を用意していない。館内の席は、あくまで資料を読む人のためのものだ。1947年に知事が掲げた「県立図書館を総合的な文化施設に」という構想は、47年かけて三重県総合文化センターというかたちで実現した。ホールも生涯学習センターも放送大学も同居する、その一翼にこの図書館はある。

蔵書約119万冊、閲覧席約400席。大学の図書館で見つからなかった資料も、ここに来れば見つかる。愛知県最大級の県立図書館は、調べる人たちの最後の砦だ。

静岡県立中央図書館には絵本も児童書もない。子ども向けの機能は別の場所へ移され、この館は大人が調べるための場所に振り切っている。前身は1925年開館の「静岡県立葵文庫」。江戸幕府から引き継いだ貴重書を抱えるこの図書館は今、移転計画が大きく揺れるなかで、老朽化した建物を使い続けている。

岐阜県図書館の最大の特徴は、約16万点におよぶ地図コレクションだ。1995年の開館時に「世界分布図センター」を備え、書誌情報システムと並んで分布図情報システムを稼働させた。センターは2010年に閉じたが、2026年8月、1階ロビーに新しい地図ギャラリーが開いた。設計は最高裁判所も手がけた岡田新一。

3階のフロアをまるごと「信州・学び創造ラボ」にした県立長野図書館。会話もグループワークもモノづくりもできる一方、2階には「サイレント・コクーン」という静寂の区画がある。音でゾーニングされた館だ。さらに県内全市町村と組んだ電子図書館「デジとしょ信州」まで走らせている。

甲府駅北口から徒歩3分、2012年開館の山梨県立図書館。愛称は「かいぶらり」。コンセプトは「情報のフードコート」で、館内では会話ができる。静寂を旨とした先代の館を建て替えて生まれたこの図書館は、図書館という場所の定義そのものを更新しにきている。

「100万回死んだねこ」「一週間の朝ごはん」——利用者のうろ覚えを司書が正解にたどり着かせた記録が、福井県立図書館の「覚え違いタイトル集」だ。2007年の公開以来SNSで話題を呼び、書籍化までされた。7ヘクタールの敷地に図書館・文書館・文学館を収めた、レファレンスの県立図書館である。

1940年、紀元二千六百年記念事業として設立された富山県立図書館。1943年には富山市立図書館を併合し、辰野金吾設計の館舎ごと引き継いだ。だが1945年の富山大空襲で全焼。戦後に再建され、1969年に呉羽山西麓へ移る。そして1970年、市立図書館が県立から分離独立する——のちにTOYAMAキラリになる館だ。

本のページをめくるような外観、4階まで吹き抜けた円形の閲覧空間、100万冊超の蔵書。金沢に、一度は訪れる価値がある図書館がある。

1915年創立、100年を超える歴史を持つ新潟県立図書館。現在の館は鳥屋野潟公園の広い敷地に建つ3代目で、県立文書館・生涯学習推進センターと同じ建物に同居している。白鳥の飛来する潟にちなんだ愛称は「ぶっくスワン」。緑に囲まれた約250席、Wi-Fiと電源とカフェが揃い、1日こもれる県立図書館だ。

熊谷と分野を分け合う、埼玉県立図書館のもう一方。久喜が担当するのは自然科学・技術・芸術・言語・文学、そして健康・医療情報と読書バリアフリー。県立図書館としては全国でも早い時期から、活字を読むのが難しい人へ本を届け続けてきた館だ。この機能も2032年度の集約対象になっている。

埼玉の県立図書館は、熊谷と久喜が分野を分け合う2館体制。熊谷は人文社会系と埼玉資料を担い、閉館した浦和図書館の資料も引き継いで約100万冊を抱える。昭和の校舎のような建物だが、2032年度を目処に2館は熊谷市中心部の「非来館型」新県立図書館へ集約されることが決まった。開架を歩き回れる時間は、そう長くない。

有栖川宮記念公園の緑に囲まれて建つ東京都立中央図書館。国内公立図書館では最大級となる約236万冊を所蔵し、個人貸出は行わない「館内閲覧専門」の調査研究図書館だ。都は神宮前への新図書館構想も打ち出している。

1892年開館、千葉県内最初の図書館をルーツに持つ千葉県立中央図書館。現在の館舎は建築家・大高正人による戦後モダニズム建築の傑作で、DOCOMOMO JAPANにも選定されているが、老朽化により青葉の森公園への統合移転が進んでいる。

1953年開館、群馬県の中央図書館。1978年竣工の現館舎は建築家・岡田新一の設計で、隣接する県民会館・商工会議所とともに前橋の都市景観を形作る。4階の展望読書室からは赤城山を一望できる。

1910年の二宮文庫開設に遡り、2026年に開館80周年を迎える栃木県立図書館。建築家・吉武泰水が傾斜地を活かして設計した、通路と階段が複雑に絡み合う地上5階地下1階の建物は、まさに知の迷宮だ。

東京国立博物館を模した初代館舎が火災で焼失し、二度の移転を経て信夫山麓にたどり着いた福島県立図書館。約121万冊を誇る県内最大級の図書館は、隣接する福島県立美術館とともに文化ゾーンを形成している。

後の大正天皇の東北御巡啓を記念して1910年に開館し、大火での焼失や戦後の仮館舎生活を経て、現在は生涯学習施設「遊学館」に入る山形県立図書館。2020年のリニューアルで、吹き抜けに高層書架が立つ空間に生まれ変わった。

1879年開館の秋田公立書籍館を前身に持つ、全国でも最も早い時期に設立された公共図書館のひとつ。都道府県立図書館として全国初の電子書籍提供サービスを始めるなど、新しい取り組みにも積極的だ。

泉パークタウンの森に、緑の中の銀色の宇宙船のように降り立つ宮城県図書館。原広司+アトリエ・ファイ建築研究所設計の「公園としての図書館」は、映画『図書館戦争』のロケ地としても知られる。

盛岡駅西口の複合施設「アイーナ」に入る岩手県立図書館。都道府県立図書館として全国初の指定管理者制度導入や、東日本大震災の記録スペース「I-ルーム」など、盛岡の暮らしに寄り添ってきた104年の歴史を持つ。

太宰治の直筆原稿や寺山修司の草稿を収める青森県近代文学館を2階に併設。1900年の青年倶楽部図書部を起源に、幾度もの移転・戦災を経て今の姿にたどり着いた。

1926年に札幌で生まれ、1967年に江別へ移った北海道立図書館。都道府県庁所在地にない唯一の道立図書館として、2026年に開館100周年を迎える。

「たくさんくる」という焼津の方言から名付けられた、駅前商店街の突き当りに立つ子育て支援施設。1・2階の絵本図書館「やいづ えほんと」、3・4階の焼津おもちゃ美術館からなる。ジグザグに折れる「雁行ファサード」と半屋外空間が、街の人の流れを建物の中へ引き込む。このシリーズ・北から南への全30館、最後の1館。

ル・コルビュジエに師事した初の日本人建築家・前川國男が1954年に手がけた旧本館は、現在「前川國男館」として改修工事のため休館中。2022年、その意匠を受け継ぐ新本館が開館した。前川建築の象徴「ホローブリック」を有孔木パネルとして翻訳し、猿田彦珈琲が公共施設として初出店。過去と未来をつなぐ、紅葉ケ丘の図書館。

プリツカー賞建築家・妹島和世が「小平に祖母が住んでいた縁があり、ぜひ設計したい」と公募プロポーザルに応え手がけた複合施設。「建物と緑と人々の活動が混ざり合う公園のような施設」がコンセプト。ガラス張りの外観は、昼は光を集め、夜は施設内から街を照らす。「仲町を照らす」の意味を込めた愛称の通りだ。

「自然と建築の共生」を掲げた国際的建築家・黒川紀章が、1982年、杉並区制施行50周年を記念して設計した図書館。シルバーで統一された都会的な外観を、玄関脇のヒマラヤスギをはじめとする緑が優しく包み込む。隣接する読書の森公園には、日本国内でここにしかないマハトマ・ガンジー像が立つ。

村上春樹の小説にしばしば登場する、別の時空をつなぐ「トンネル」。隈研吾はそのモチーフを、早稲田キャンパス4号館を貫く木のスクリーンとして建築に翻訳した。ユニクロ柳井正が改築費約12億円を全額寄付。地下から1階へ続く「階段本棚」は、この建物のシンボルだ。

「森林文化都市」を宣言する飯能市らしく、地元産の「西川材」を天井、壁、カウンター、書架にまでふんだんに使った図書館。2013年開館、設計は石本建築事務所と藤原建築アトリエ。天井高のある大空間を、見たことのない太さの木の柱が支える。天覧山や能仁寺への登山口にも近い、山あいの図書館。

旧大宮合同庁舎の解体から新庁舎の設計・建設、20年の維持管理までを一括して民間に委ねるPFI事業として実現した、大宮区役所内の図書館。1階から3階まで3つの吹き抜けが連なり、スパイラル状のオープン空間が人々の交流を促す。氷川参道のすぐそばという、「過去」と「未来」を結ぶ立地に立つ。朝9時から夜9時30分まで、ほぼ無休で開き続ける。

新幹線開業で賑わいを失った黒磯駅前を、もう一度人が集まる場所に。栃木県出身の建築家・伊藤麻里が率いるUAoが設計し、グッドデザイン賞を受賞した「森」をテーマにする図書館。天井いっぱいにそびえる本棚、約400席の閲覧スペース、牧場直営カフェまで、1日中過ごせる駅前図書館。

1969年、日建設計が手がけた茨城県議会議事堂。県庁移転で役目を終えたこの建物を、2001年、耐震補強と内外装改修を経て図書館に転生させた。政治の舞台だった議場が、約102万冊の本に囲まれる読書空間に変わった。日本三名園・偕楽園や磯崎新の水戸芸術館も徒歩圏内という、水戸の中心地に立つ。

東日本大震災で本庁舎が全壊した須賀川市。街の中心に、図書館を核として生涯学習・子育て支援・円谷英二ミュージアムまでを束ねる複合施設が生まれた。床を少しずつセットバックしながら積み重ね、街を歩くように館内を回遊できる構造。ウルトラマンの生みの親・円谷英二の故郷らしい、遊び心も詰まっている。

年間累積積雪10mに達することもある豪雪地帯・米沢。名君・上杉鷹山の名言「なせば成る」から名付けられた複合施設は、5階まで貫く巨大な吹き抜けに本棚を纏う。1階が市民ギャラリー、2階から上が図書館という構成で、冬でも明るく暖かい市民の居場所を目指した。

「仲間に入って」を意味する方言「かだれ」から名付けられた複合施設。建築家・新居千秋が設計し、日本建築家協会賞、東北建築賞、BCS賞と主要な建築賞を総なめにした。文化ホール、プラネタリウム、図書館が一体になった、由利本荘の新しい顔。

東日本大震災の津波で全壊した公民館と図書館。8年後の2019年、南三陸杉をふんだんに使った木造の生涯学習センターとして再建された。設計は八重樫直人+ノルムナルオフィス。派手な造形ではなく、住宅のスケール感を積み重ねた「家にいるような」空間が、静かに町の日常を支えている。

「東北の復興のシンボルは子どもたちの未来である」——安藤忠雄がその想いをカタチにし、遠野市に寄贈した施設。築120年の旧呉服屋の梁と柱を残しながら、中央に螺旋階段がそびえる吹き抜けの閲覧室を組み込んだ。カッパ淵や遠野物語で知られる民話の里に、大阪・中之島に続く「こども本の森」2館目が立つ。

日本十進分類法を捨て、「WORK」「LIFE」「ART」という独自の棚立てで本を並べる。そして本の貸し出しを行わない「課題解決型図書館」。さっぽろ創世スクエアの中に生まれた、仕事や暮らしの課題にそのまま効く図書館。建物のデザインというより、発想そのものが建築的な一館。

2013年、日本の公共図書館の常識を覆した「公民連携図書館」。運営はTSUTAYAを展開するCCC、館内には蔦屋書店とスターバックスが同居する。賛否を呼びながらも初年度92万人が訪れた、話題性という意味でこのシリーズ随一の一冊。

プリツカー賞建築家・磯崎新が1974年に手がけた1970年代の代表作。かまぼこ形の半円筒ヴォールトが並列し、湾曲し、切断されながら全体を形作る。正面階段はまっすぐ小倉城に向けられている。三浦梅園の思想図から着想したステンドグラスまで、隅々に意味が込められた建築。

標高1,455mの四国カルストに抱かれた「雲の上の町」梼原。隈研吾が手がけた図書館は、館内で靴を脱いで過ごす。柱や壁から枝のように木材が伸び広がり、まるで森の中にいるような読書空間。ボルダリング設備とカフェも併設した、隈研吾建築群の中核施設。

明治37年、住友家第15代当主が図書館建物と図書購入資金をまるごと寄付して生まれた図書館。石造り三層、銅葺きのドームがそびえる重要文化財の館内には、大阪の古文書とビジネス書が今も現役で並ぶ。伊東豊雄や隈研吾のモダン建築が続いたこのシリーズに、明治のネオバロックが加わる。

縦横45メートル、高さ19メートルの真っ白な箱に、約6,000個の丸窓。「世界で最も美しい公共図書館25選」に選ばれた金沢のランドマークは、北前船で栄えた港町にひっそりと立っている。設計コンセプトは『ケーキの箱』——開ける前のドキドキ感が、この建物には詰まっている。

北信濃の山並みに呼応する山なりの屋根、館内には仕切りのない大きなワンルーム空間。館長も設計者も全国公募で選ばれ、町中の飲食店や酒屋が本棚を持つ「まちじゅう図書館」まで広がる。愛称と館内装丁料理まで、町ぐるみでつくり上げた図書館。

エントランスホールから書架が並び、館内どこにでも本を持ち運べる「全館図書館」。開館からわずか3年で年間900万人が訪れ、日本一来館者数の多い図書館とも呼ばれる。芸術文化ホール、屋内こども広場まで併設した複合施設は、大和駅前を丸ごと文化拠点に変えた。

5つの鉄筋コンクリートの箱を、スロープと階段が複雑に絡み合いながら取り巻く。屋内と屋外の境目を曖昧にした建物は、まるで人工の地形そのもの。東武太田駅の目の前、閑散としていた北口に人の流れを取り戻すために生まれた美術館・図書館。

元は国の食糧倉庫跡地。角を徹底的に排除した丸みのある建築は、地上よりも地下に大きく潜る。カルチャー誌『Pen』の『世界の名建築ベスト20』にルーヴル美術館別館と並んで選ばれた図書館は、都内で最も遅くまで開いている図書館のひとつでもある。

岐阜メディアコスモス、せんだいメディアテークに続く伊東豊雄建築3館目。正門から続くスロープをそのまま引き込み、ハイヒールのように細く絞り込まれた柱脚が三次曲線のアーチを支える。ガラスとコンクリートが一体化した、大学キャンパスの中の実験建築。

明治39年築のルネサンス様式・帝国図書館を、安藤忠雄が曲線のガラス棟でつなぎ直した。夏目漱石も森鴎外も通った近代建築に、図書約50万冊、絵本や楽譜・CDなどの資料約30万点、あわせて約80万点の児童書コレクションが眠る。新旧の対比そのものが展示になっている図書館。

日本で唯一、365日24時間開館する大学図書館。「本のコロセウム」をテーマにした半円形の空間には、秋田杉の傘型屋根が架かる。四方を森とダリア畑に囲まれたキャンパスで、眠らない知の劇場に出会う。

スーパーマーケット「バロー」創業者の財団が建設費を全額寄付し、市に贈った図書館。車で20分ほど走れば、女城主の伝説が残る岩村城下町と日本三大山城のひとつ・岩村城跡、そして木曽川をせき止めた渓谷美・恵那峡が待っている。

新海誠監督『君の名は。』の舞台・糸守町のモデルとなった飛騨古川。瀬戸川に鯉が泳ぐ白壁土蔵街、気多若宮神社、そして飛騨古川駅——作中の風景がそのまま実在する町の中心に、図書館そのものもロケ地の一つとして立っている。飛騨の家具に囲まれた木のぬくもりある館内から、聖地巡礼と食べ歩きの一日へ。

有馬温泉・草津温泉と並ぶ「日本三名泉」下呂温泉。飛騨川沿いに広がる温泉街の一角に、下呂市立下呂図書館はある。噴泉池、足湯めぐり、下呂プリン——湯めぐりの合間に、静かな読書時間を挟みたい。

1300年の歴史を持つ美濃和紙と、江戸時代の情緒が残る「うだつの上がる町並み」。日本三大和紙産地のひとつ・美濃市の図書館は、小倉山城で知られる小倉公園の桜の陰にひっそりと佇む。町並み散策と、秋の美濃和紙あかりアート展を組み合わせて訪れたい。

新境川堤の桜並木と、日本唯一の航空宇宙博物館。二つの顔を持つ各務原市の中心・市民公園に、約39万冊を誇る中央図書館がある。自習スペースが豊富で夜7時まで開館、公園を挟んで隣にはイチョウ並木のイルミネーションも。一年中楽しめる図書館エリアだ。

700年余りの歴史を持つ刀鍛冶の町・関市。世界三大刃物産地のひとつに数えられるこの街の図書館は、円空・刀剣・刃物という郷土の宝を重点的に収集してきた。モネの池、関鍛冶伝承館、板取の渓谷——刃物と自然、二つの顔を持つ関を旅したい。

町のいたるところに清らかな水路が流れる「水のまち」郡上八幡。天空の城・郡上八幡城の麓、総合文化センター内に図書館がある。日本三大盆踊りのひとつ・郡上おどり、宗祇水、食品サンプル発祥の地——水と踊りの城下町を巡る旅の拠点にしたい。

中山道の宿場町として栄えた中津川。2023年、旧中山道沿いの複合施設「ひと・まちテラス」に生まれ変わった図書館は、ヒノキ材の家具が宿場町の活気を今に伝える。栗きんとん発祥の地、そして文豪・島崎藤村の故郷・馬籠宿への玄関口だ。

古い町並みで知られる飛騨高山に、白壁と薄緑の洋館風図書館がある。明治9年築の「煥章学校」を現代によみがえらせた煥章館は、夜9時半まで開き、アニメ『氷菓』の聖地としても知られる、観光都市・高山の顔のひとつだ。

東海道で唯一、江戸時代の町並みがそのまま残る宿場町・関宿。その亀山市に2023年、JR亀山駅前の新図書館が誕生した。夜8時まで開く4階建ての「つながる場」と、1.8kmにわたって町家200軒が連なる関宿——新旧の対比が楽しいまちだ。

御在所岳と湯の山温泉を擁する菰野町。町役場の隣に建つ図書館は、開館初年度に人口の8倍・33万人が訪れた「滞在型図書館」の成功例だ。ロープウェイで山上へ、温泉で癒やされて、図書館で読む——そんな一日が組める町である。

鬼ヶ城、獅子岩、花の窟、熊野古道——世界遺産が凝縮された熊野市。その玄関口・JR熊野市駅前に、熊野産ヒノキをふんだんに使った開放的な図書館がある。リュックを背負った巡礼者と地元の人が同じ空間で本を開く、旅と暮らしが交差する場所だ。

ジュゴンに会える日本一の水族館、世界初の真珠養殖、海女の文化——観光資源の宝庫・鳥羽市。その喧騒から少し離れた市民の森公園に、地域の暮らしを支える図書館が静かに佇む。観光の合間に立ち寄りたい、鳥羽のもう一つの顔だ。

推理小説の神様・江戸川乱歩が生まれた街、名張市。市内が見渡せる小高い丘の上に立つ図書館は、春には桜の名所としても知られる。館内の乱歩コーナーと、渓谷美が圧巻の赤目四十八滝を組み合わせた旅は、三重の奥深さを教えてくれる。

日本庭園の緑とレンガの洋館が静かに向き合う——志摩市立図書館は『日本の最も美しい図書館』にも選ばれた異彩の存在だ。伊勢志摩サミットの舞台・賢島からほど近く、真珠・海女・英虞湾の風景とともに旅の記憶に刻まれる一軒。

松阪牛で知られる三重の城下町・松阪市。蒲生氏郷が築いた松坂城跡や国学者・本居宣長の旧宅から徒歩圏内に、40万冊超を誇る松阪市立図書館がある。歴史の層が厚いまちで、本に囲まれてゆっくり過ごしたい。

F1日本GPで世界に名を轟かせる鈴鹿。しかしこの街には、サーキットのエンジン音とは対照的な、静かで落ち着いた図書館がある。32万冊の蔵書と充実した学習環境、そして椿大神社や伊勢型紙という奥深い文化との組み合わせが魅力だ。

三重の県庁所在地・津市のリージョンプラザに佇む図書館。藤堂高虎が築いた城下町の面影が残るまちを歩き、37万冊超の蔵書の中でゆっくり過ごしたい。

「一生に一度はお伊勢参り」と江戸時代から愛されてきた神都・伊勢。その街の中心部に立つ市立図書館は、1928年の「神都図書館」開館から続く歴史を持つ。外宮参拝の後、本を手に取りに行こう。

1977年11月19日、天白図書館が開館した日、本を借りられずに帰った人が800人いたという。住民運動から生まれたこの図書館の開館をもって、名古屋市の「一区一館」計画は一つの区切りを迎えた。東区から始まった旅の終わりに。

名古屋城のお膝元、西区花の木。かつて市内唯一の貸しレコード鑑賞室があり、館内にクラシック音楽が流れていたという西図書館は、名古屋城コーナーを擁する、城下町らしい図書館だ。

1959年、東海地方を中心に甚大な被害をもたらした伊勢湾台風。南図書館はその記録を専門に収集する「伊勢湾台風資料室」を館内に持つ、防災と記憶を伝える図書館だ。

猪高緑地・牧野ヶ池緑地という市内有数の自然をもつ名東区。1976年に開館した名東図書館は、2026年にちょうど開館50周年を迎え、記念講座を開くなど地域とともに歳月を重ねてきた図書館だ。

豊臣秀吉と加藤清正、二人の天下人が生まれた名古屋市中村区。中村公園文化プラザに併設される中村図書館は、太閤ゆかりの資料を収集する秀吉清正記念館・中村文化小劇場と三館一体となって、地域の歴史を発信し続けている。

「ジャズの街」を掲げる名古屋市北区。区役所放送にジャズが流れるというユニークな取り組みの隣で、北図書館は「街道と旅」コーナーや医療情報コーナーなど、地域に根ざした特色を育んできた。

尾張徳川家の蔵書を受け継ぐ蓬左文庫を擁する東区。1965年、徳川園内に開館した東図書館は、名古屋市の「一区一館」計画によって生まれた、まさに最初の一館だった。

市内最高峰・東谷山のふもとに広がる果樹園と、千年の歴史を持つ龍泉寺を擁する守山区。1972年に区役所跡地で開館した守山図書館は、その存在感ゆえにバス停の名前まで変えてしまった図書館だ。

加賀百万石の藩祖・前田利家が生まれたとされる中川区荒子。「槍の又左」と呼ばれた武将ゆかりの地に立つ中川図書館は、郷土資料コーナーに利家の歴史を集めた、地域の記憶を大切にする図書館だ。

パロマ瑞穂スポーツパークのすぐそばに立つ瑞穂図書館。2026年4月に全面改修されたパロマ瑞穂スタジアムを本拠地とする名古屋グランパスの展示コーナーがあるという、サッカーファンには見逃せない一冊が並ぶ図書館だ。

旧東海道の宿場町として栄え、有松絞りの産地として今も息づく名古屋市緑区。その高台に立つ緑図書館は、素晴らしい展望と日当たりに恵まれた、街の暮らしに寄り添う図書館だ。

2005年の愛・地球博、2022年のジブリパーク開園と、時代ごとに注目を集めてきた長久手市。その丘の上に建つ市立中央図書館は、約42万冊の蔵書を擁する、街の知的な静けさを守る場所だ。

無印良品の店舗の中に、公共図書館がある。キッチン用品コーナーの隣に料理の本、こども服の近くに絵本——買い物と読書の垣根を取り払った、全国でもユニークな図書館が岐阜県可児市にある。

松尾芭蕉が「奥の細道」の長旅を終えた水の都・大垣。スイトピアセンターに構える市立図書館は、郷土資料室・歴史研究室を備えた、街の記憶を丁寧に保管する場所だ。

日本一の猛暑の街として知られる多治見は、美濃焼とモザイクタイルの産地でもある。「ヤマカまなびパーク」の2〜4階に構えるこの図書館は、陶磁器関係資料が充実した、街の文化を丸ごと受け止める場所だ。

熱田の宮の渡しを出た船が、海を越えて着いた先が桑名。東海道の旅情を胸に、複合施設「くわなメディアライヴ」の3・4階に構える、日本初のPFI図書館を訪ねた。

熱田神宮の杜を歩いたあと、区役所の一角にひっそりと構える図書館へ。神域から「下界」に降りてきたような、静かで落ち着いた隠れ家的空間がそこにあった。

13本のチューブが海藻のように揺れる。伊東豊雄が設計したこの建物は、壁がなく、床があり、光が満ちている。図書館でありながら、ここにいること自体が体験になる場所だ。

東山動植物園のすぐそばに、1968年から地域に根ざし続ける図書館がある。子どもの読み聞かせから受験生の自習まで、千種の街と一緒に歳を重ねてきた場所だ。

日本三大稲荷のひとつ・豊川稲荷から車で数分。図書館の隣にはプラネタリウムがあり、本を読み終えたらそのままドームの中でオーロラを見ることができる。

隈研吾が設計した複合ビルの3〜5階。富山産の杉材とガラスが織りなす吹き抜け空間は、屋内にいながら森の中にいるような錯覚を起こさせる。

静かすぎず、うるさすぎない。外は緑に囲まれ、中は気分で選べる読書スペース。芸術文化ホールと並ぶ「へきなん芸術文化村」の一角に、居心地のいい図書館がある。

平日は子どもたちの学校図書館。土・日・祝日は、誰でも使える地域の図書館に変わる。瀬戸市が長年育ててきた、全国的にも珍しい取り組みがある。

ラグーナ、竹島水族館、そしてあのサーカスショー。非日常が詰まった蒲郡で、旅の余韻ごと受け止めてくれる図書館がある。

蔵書71万冊・夜9時まで開館。岡崎城を道一本挟んだ複合施設「りぶら」に入居。ジャズコレクション展示室・コンビニ・ビジネスサポートまで揃う、三河最大級の図書館。

蔵書約39万冊。明治41年創設・百年以上の歴史を持つ図書館。抹茶の街・西尾城・岩瀬文庫と組み合わせれば、三河南部を丸一日楽しめる。

蔵書45万冊・席数280席。文庫・新書コーナー、ヤングアダルト9棚、デカ文字本、複製絵画の貸出まで。気配りが全方位に行き届いた、稲沢市民が羨ましくなる図書館。

蔵書約15万冊・2012年開館。清洲城や朝日遺跡を擁する歴史の街に、子育て世代と静かに過ごしたい大人の両方が集まる図書館。キリンビール工場にちなんだ名物ビール棚も見逃せない。

蔵書78万冊超・市民1人あたり貸出冊数3年連続全国1位。JR安城駅徒歩3分の複合施設アンフォーレに入居する、三河屈指の図書館。3Dプリンターまで備える驚きの設備。

大正9年創業・2022年リニューアル。浜松城・市役所を望む立地に、蔵書約32万冊。家康ゆかりの城下町に息づく知の拠点。

蔵書59万冊超・座席約900席。伊東豊雄設計の東濃ヒノキ天井と11個のグローブが迎える、全国区の建築図書館。窓の向こうには岐阜城。

布袋駅徒歩1分の複合施設「トコトコラボ」3・4階。ボードゲームにグランドピアノのBGM、学生で賑わう新時代の図書館。

蔵書115万冊超・全国有数の規模。トヨタのお膝元に根ざした自動車コレクションと、駅直結の使い勝手の良さが光る図書館。

蔵書数46万点、移動図書館が市内91か所を巡回する三重県最大級の公共図書館。昼は本を借りて、夜は工場夜景の聖地へ——公害を乗り越えて光を取り戻したコンビナートの街には、昼と夜でまったく異なる顔がある。

蔵書数65万冊、刈谷市美術館に隣接するガラス張りの大型図書館。碧南・安城・知立・高浜・東浦の住民も利用できる広域開放型で、学習室にはワイヤレス充電まで完備。トヨタの城下町・刈谷の底力が図書館にも滲み出ている。

蔵書数80万冊超、文化フォーラム春日井の3・4階に入る大型図書館。隣接する高蔵寺ニュータウンは千里・多摩と並ぶ日本三大ニュータウンのひとつ。高度成長期の夢と現在の静けさが重なる街を歩いてから、本を借りに来る。

犬山駅から徒歩すぐ、地下に56台の駐車場を備えた使いやすい図書館。漫画も開館時から所蔵する珍しい方針で、観光で犬山を訪れた際に城下町散策とセットで立ち寄れる好立地にある。

蔵書数42万冊、博物館・みんなの森cafeと同じ建物に入る複合施設。半田運河・赤レンガ建物・ミツカンミュージアムと組み合わせれば、知多半島の歴史と文化を丸ごと味わえる一日になる。

大正12年創業、蔵書数120万冊超。鶴舞公園に隣接し、JR・地下鉄の2路線が使える名古屋最大級の中央図書館。地下の湧き水「つるのめぐみ」まで、見どころが詰まっています。

港区に引っ越してきた日、近所の散歩がてら寄った図書館。地下鉄の出口を出たら、もうそこが図書館だった。小さめだが、2階には海と港の資料室があり、船の模型が並んでいた。

日本に帰るため、タイ観光最終日。暑さに限界を感じてふらりと入った図書館が、思いがけず美しかった。奥のエリアに入るにはパスポートが必要と聞き、言葉も通じない国で少し怯んでしまった。飛行機の中で館内の写真を見て、中に入ればよかったと思いながら次こそ必ず入ろうと心に決めた。

古い建物、整然とした棚、深い静寂。帰り際に降り出した夕立が、思いがけず最高の読書時間をくれた。

やきもの散歩道からほど近い、個性的な外観の青海市民センターの中に図書館はある。陶芸・芸術の蔵書が充実し、谷川徹三文庫を持つ、常滑らしい知の拠点。

尾張横須賀駅を降りたら、もうそこが図書館。木の香りが漂う館内と、持ち込んだご飯も食べられる街角サロン。21時まで開いている、駅前の小さな隠れ家。

知多木綿で栄えた岡田地区のすぐ隣。約34.6万点の蔵書と充実した英文多読コーナーを持つ、知多半島の静かな知の拠点。

お盆最終日の直射日光を浴びながら、重厚なコンクリートの図書館に飛び込んだ。エアコンで震えるのではなく、涼しいと思える——そんな空気が、長居を許してくれた。

桜の名所・五条川が流れる大口町。総合福祉会館の3階にひっそりと構えるこの図書館は、隠れお風呂「憩いの湯」や喫茶「さくら屋」と同じ建物に入る、愛知の隠れ名館だ。

千葉から愛知への車旅の途中、海老名で1時間半足止めされた。おしゃれすぎて、どこが図書館かわからなかった。

路面電車が走る城下町に、中高生の声で2000冊まで育った青春本棚がある。

名鉄一宮駅を降りて、そのままエレベーターで5階へ。駅ビルの中に、59万点の蔵書が待っていた。ラノベの棚を見た瞬間、帰れなくなった。

図書館には、その建物にしかない「空気」がある。新しくなって便利になっても、あの中3階の息をひそめるような静けさは、もう戻ってこない。