児童書のない県立図書館——静岡県立中央図書館
静岡県立中央図書館には絵本も児童書もない。子ども向けの機能は別の場所へ移され、この館は大人が調べるための場所に振り切っている。前身は1925年開館の「静岡県立葵文庫」。江戸幕府から引き継いだ貴重書を抱えるこの図書館は今、移転計画が大きく揺れるなかで、老朽化した建物を使い続けている。

※画像はAIによるイメージです。実際とは異なります。
Phase 4 #20は静岡県立中央図書館。静岡市駿河区谷田、日本平の丘陵にある。静岡鉄道「県立美術館前」駅から徒歩15分、隣には静岡県立美術館が建つ。
この図書館には、絵本も児童書も置かれていない。
子どもの本は、ここにはない
県立図書館といえば、たいてい1階に児童コーナーがある。これまで回ってきた館も、熊谷にも久喜にも長野にも岐阜にもあった。だが静岡県立中央図書館にはない。
子ども向けの資料とサービスは、東静岡駅近くの複合施設グランシップ2階に置かれた県立図書館コーナー「えほんのひろば」に集約されている。中央図書館のほうに残っているのは、子どもと本のつながりを研究する人のための「子ども図書研究室」だけ。ここは中学生以下は入れない。子どもの本を研究する部屋に、子どもは入れない、ということになる。
機能を切り分けた結果、この館は大人が静かに調べものをする場所に振り切った。館内の落ち着いた雰囲気は、この分離があってのものだ。県立図書館の性格は建物の設計だけで決まるのではなく、何をここに置かないかでも決まる——そういうことを考えさせられる館である。
閲覧席は234席。参考書や問題集を持ち込んで勉強できる「学習コーナー」が公式に用意されていて、パソコン優先席など一部の席には電源も付いている。館内では無料のフリーWi-Fiが使え、コインロッカーもある。
レストランやカフェの併設はないが、2階の休憩コーナーには弁当や軽食を持ち込める。丘の上という立地なので周囲に食事処が多いわけではなく、この一角があるとないとでは滞在時間がまるで違う。
葵文庫——江戸幕府の本を継いだ図書館
この館の前身は、静岡県立葵文庫という。
1922年(大正11年)11月、静岡市追手町に設立が認可され、1924年10月に竣工。1925年(大正14年)4月1日に開館した。蔵書22,000冊、職員16名。開館記念講演に立ったのは新村出——のちに『広辞苑』を編むことになる、あの新村出である。演題は「葵文庫の歴史的背景と其将来」。静岡県の初代県令・関口隆吉の子でもあった。
「葵」という名は、もちろん徳川に由来する。この図書館は江戸幕府から引き継いだ貴重書を抱えていて、それが「葵文庫」というコレクションになっている。家康が晩年を過ごした駿府の地に、幕府の蔵書が残り、それが県立図書館の名前そのものになった。ほかに「久能文庫」などの特殊コレクションもある。
1935年、図書館令の改正で葵文庫が静岡県の中央図書館に指定され、県内の図書館を指導する立場になる。そして1970年(昭和45年)4月、追手町から現在地の駿河区谷田へ移転し、名称も静岡県立中央図書館となった。
蔵書は951,460冊(令和6年3月末時点)。新聞・雑誌は約9,500タイトル。延床面積8,816.64平方メートル。県内では随一の規模になる。
移転が、決まらない
そして、この記事を書いている時点でいちばん大きい話がこれだ。
2017年、館内の床にひび割れが見つかった。建物の老朽化が現実の問題として表面化し、県は「文化力の拠点」構想の一部として一部機能を移す方針から、全館移転へと舵を切る。移転先はJR東静岡駅南口の県有地。2018年に基本構想案が承認された。
計画は壮大だった。9階建て、延床約19,800平方メートル。収蔵能力200万冊のうち、来館者が自由に手に取れる開架が約80万冊——公共図書館としては国内最大級である。閲覧席800席、駐車場550台。設計はシーラカンスアンドアソシエイツ・アイダアトリエ・日建設計のJV。当初は2027年度後半の開館を見込んでいた。
ここから雲行きが変わる。
- 2024年9月:事業費が192億円から298億円へ膨張
- 2024年11月:本体工事の入札に応札がゼロ。不調に終わる
- 2025年5月:国の交付金が136億円の予定に対し34億円程度にとどまる見通しと判明。県の負担増は100億円あまり
- 2025年6月:知事が整備方針の見直しを正式表明
- 2025年12月:見直しの方向性を公表。収蔵能力を200万冊から150万冊程度へ縮小、官民連携での整備手法を検討、デジタル活用を積極導入。開館時期は「令和10年代中頃から後半」——西暦に直すと2030年代中頃以降を目指すとされた
- 2026年度:有識者会議を設置して基本構想を見直し
- 2026年8月7日〜9月1日:新県立中央図書館基本構想(改定案)のパブリックコメントを実施
2028年夏ごろとされていた開館は、5年ほど後ろへ動いた。国内最大級の開架80万冊という構想も、縮小の方向で議論されている。
このシリーズでは「今のうちに訪ねておきたい館」をいくつも書いてきた。埼玉の2館は2032年度に集約されて消える。東京都立中央図書館にも新館構想がある。だが静岡は逆だ。建て替えが決まっているのに、当分建たない。 床にひびが入ってから9年、この建物はまだ現役で、これからも十年前後は使われることになる。
老朽化を抱えたまま走り続ける公共施設、というのは全国どこにでもある話だ。ただ、それが県の知の中枢で起きているのを見ると、ずしりとくるものがある。
開館時間に、独特の癖がある
訪ねるときに気をつけたいのが、開館日のルールだ。かなり独特である。
- 水・木・金(休日を除く):9:00〜19:00
- 土・日・月・火・休日:9:00〜17:00
月曜も開いている。そのかわり休館日の設定が変わっている。
- 毎月第1・第3・第5月曜日(月の末日に当たる場合を除く)
- 毎月月末(土日祝に当たる場合は、その前の平日)
- 年末年始、特別整理期間
毎月末が休館というのは、このシリーズで初めて見た。月末に予定を組むと空振りするので、開館カレンダーの確認は必須だ。
アクセスは静岡鉄道「県立美術館前」駅から徒歩約15分。JR草薙駅からバスで「県立美術館」終点下車、徒歩5分というルートもある。駐車場は静岡県立美術館などと共通で約445台、無料。障害者用の区画も確保されている。丘の上なので、歩くなら多少の坂は覚悟しておきたい。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 静岡県静岡市駿河区谷田53番1号 |
| アクセス | 静岡鉄道「県立美術館前」駅から徒歩約15分/JR草薙駅からバス「県立美術館」下車 徒歩5分 |
| 開館時間 | 水・木・金 9:00〜19:00(休日を除く)/土・日・月・火・休日 9:00〜17:00 |
| 休館日 | 毎月第1・第3・第5月曜日(月末日を除く)・毎月月末・年末年始・特別整理期間 |
| 開館 | 1925年4月1日(静岡県立葵文庫として追手町に開館)、1970年4月に現在地へ移転 |
| 蔵書数 | 951,460冊(令和6年3月末時点)/新聞・雑誌約9,500タイトル(延床8,816.64㎡) |
| 特色 | 江戸幕府由来の「葵文庫」、「久能文庫」などの特殊コレクション/児童書は所蔵せず(グランシップ2階「えほんのひろば」に集約) |
| 閲覧席 | 234席(持ち込み学習ができる「学習コーナー」あり) |
| Wi-Fi | あり(無料) |
| 電源 | あり(パソコン優先席など一部の閲覧席) |
| 駐車場 | あり(無料・約445台/静岡県立美術館などと共通) |
| 飲食 | レストラン・カフェはなし/2階休憩コーナーで弁当・軽食の持ち込み可 |
| 公式サイト | 静岡県立中央図書館 |
こんな人におすすめ
- 子ども向けの賑わいがない、大人だけの静かな県立図書館で調べものをしたい人
- 無料の広い駐車場に停めて、弁当持参で一日こもりたい人
- 江戸幕府から引き継がれた「葵文庫」の来歴に興味がある人
- 移転が決まってから動かない公共施設の現在地を、自分の目で見ておきたい人
- 隣の静岡県立美術館のロダン館とあわせて、丘の上で一日を過ごしたい人
- 久能山東照宮と組み合わせて、駿府と徳川をたどりたい人
周辺スポット
静岡県立美術館
図書館のすぐ近くに建つ県立美術館。富士山を描いた作品や東海道をテーマにした風景画を核に収集していて、なかでもロダンの彫刻32点を収めた「ロダン館」が知られている。『考える人』『地獄の門』が自然光の入る空間に据えられていて、無料で入れるエリアもある。県立図書館と組み合わせると、丘の上で一日が終わる。
Google Mapsで見る ›久能山東照宮
徳川家康が最初に葬られた場所で、社殿は国宝。日本平からロープウェイで谷を渡って参拝できる。図書館が抱える「葵文庫」は江戸幕府の蔵書を引き継いだコレクションなので、家康が晩年を過ごした駿府の地で本と社殿を両方見て回ると、この土地と徳川の距離の近さが腑に落ちる。
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