木のトンネルが、時空をつなぐ——早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)
村上春樹の小説にしばしば登場する、別の時空をつなぐ「トンネル」。隈研吾はそのモチーフを、早稲田キャンパス4号館を貫く木のスクリーンとして建築に翻訳した。ユニクロ柳井正が改築費約12億円を全額寄付。地下から1階へ続く「階段本棚」は、この建物のシンボルだ。

※画像はAIによるイメージです。実際とは異なります。
このシリーズで岐阜メディアコスモス、せんだいメディアテークに続いて訪ねた伊東豊雄と並び、隈研吾建築もまた何度か登場してきた。富山市立図書館、梼原町立図書館、那須塩原市図書館みるる、そして今回。早稲田大学構内、演劇専攻だった村上春樹が学生時代に通い詰めたという坪内博士記念演劇博物館の隣に、隈研吾が手がけたもうひとつの図書館建築がある。早稲田大学国際文学館、通称「村上春樹ライブラリー」だ。
小説の「トンネル」を、建築に翻訳する
**このシリーズは「図書館(建物)を楽しむ」ことをテーマにしている。**この文学館が見せてくれるのは、文学的なモチーフをそのまま空間化するという離れ業だ。村上春樹の作品にしばしば登場する、別の時空をつなぐ「トンネル」。隈研吾はこのモチーフを、早稲田キャンパス4号館を貫く「木のトンネル」として建築に翻訳した。
まず4号館の外壁をニュートラルな白に塗り替えて既存の輪郭を消し、そこに木のスクリーン状の三次曲面の庇を付加することで、時空の裂け目である「トンネル」の入り口を暗示した。建物のスラブを一部抜いて挿入されたこの木のトンネルは、本棚であると同時に、劇場でありレクチャーホールでもある。コンクリートに支配された20世紀という「硬く」「冷たい」時代の中に、繊細でやわらかな木という素材で、僕らを守り夢を育てる空間をつくる——設計者自身がそう語っている。
地下1階から1階へと続く「階段本棚」は、この建物のシンボルだ。片側の壁には「村上作品とその結び目」というテーマで、村上作品のキーワードから連想される本が並び、反対側には「現在から未来に繋ぎたい世界文学作品」が並ぶ。選書を手がけたのは、飛騨市図書館「君の名は。」の聖地としても訪ねたブックディレクター・幅允孝。長めに読書を楽しむための「コクーンチェア」など、滞在すること自体を楽しむ仕掛けが随所にある。
ユニクロ柳井正が全額寄付した改築費
この文学館の実現には、早稲田大学出身のファーストリテイリング代表取締役会長兼社長・柳井正の存在が大きい。4号館の改築費用、約12億円を全額寄付したのが柳井氏だった。地上5階・地下1階、総面積約2,147平方メートルの建物には、地下1階にラウンジと学生が運営するカフェ「橙子猫〜Orange Cat〜」、村上氏の書斎を再現したコーナーもある。1階は受付とギャラリーラウンジ、オーディオルーム。2階はスタジオ・ラボ・展示室。3階から5階は研究施設のため非公開だ。
館内で公開されている蔵書は約3,000冊(2021年開館時点)。刊行された村上春樹作品を日本語・外国語問わずすべて所蔵するほか、50言語以上に翻訳された書籍、直筆原稿、村上氏が蒐集したレコード・CDなども収蔵されている。これとは別に、研究者向けの「研究書庫」には、村上氏から寄託・寄贈された貴重な直筆原稿や執筆関係資料、インタビュー記事などが大切に保管されている。1階のオーディオルームには、村上氏が作家デビュー前に経営していたジャズ喫茶「ピーター・キャット」のグランドピアノや、氏が所有する数万枚のLPレコードの一部が展示され、最高峰の音響システムでその音色に耳を傾けることができる。地下1階のカフェ「橙子猫(オレンジキャット)」は早大生が主体となって運営しており、こだわりのブレンドコーヒーや特製ドーナツを味わいながら、購入前の本を読んでゆったり過ごせる。
入館は無料。個人であれば予約不要(21名以上の団体のみ事前予約が必要)で入館できるが、大学の夏季・冬季休業期間やメンテナンスによる長期休館日が比較的多いため、訪れる前に必ず公式カレンダーで開館日を確認しておきたい。ここは村上春樹文学・国際文学・翻訳文学の研究拠点であり文化交流施設であって、いわゆる受験勉強のための「自習室」ではない。持ち込みの教科書や参考書を広げるような自習は一律禁止されており、1階の「ギャラリーラウンジ」で読書や軽いノートテイク、館内資料を使った調べもの・PC作業はできるものの、電源コンセントは用意されていないため、パソコンやスマホは事前にフル充電にしておく必要がある。写真撮影は個人利用に限り許可されているが、動画撮影と本の接写は禁止されている。専用駐車場もないため、アクセスは公共交通機関が必須だ。
演劇博物館と大隈庭園、キャンパスを歩く
文学館のすぐ隣には、村上春樹が学生時代に通い詰めたという坪内博士記念演劇博物館がある。1928年築、エリザベス朝様式の劇場を模した建物で、こちらも入館無料。徒歩8分ほどのところには、大学創設者・大隈重信の邸宅跡地に整備された大隈庭園もあり、和洋折衷の庭でキャンパスの喧騒から一息つける。
アクセス
- 東京メトロ東西線 早稲田駅(3a・3b出口)より徒歩約7分
- JR山手線・西武新宿線 高田馬場駅(早稲田口)より都営バス(学02系統)「早大正門」行き終点下車、徒歩約2分
こんな人におすすめ
- 隈研吾建築を巡っている人 — 富山、梼原、那須塩原に続く、また違う表情の隈研吾作品
- 村上春樹ファン — 直筆原稿、初版本、レコードコレクションまで、村上ワールドに浸れる
- 建築好き — 「木のトンネル」というコンセプトを、文字通り建築化した稀有な事例
- 静かに読書したい人 — 予約制のため過度な混雑がなく、コクーンチェアでじっくり本と向き合える
周辺スポット
早稲田大学 坪内博士記念演劇博物館
1928年築、エリザベス朝様式の劇場を模した建物。演劇専攻だった村上春樹が学生時代に通い詰めた場所として知られる。日本と西洋の演劇資料を展示し、入館無料。
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