四つの家庭文庫が、一つの図書館になった——東京子ども図書館
1950〜60年代、東京の4人の女性が自宅を開放し、近所の子どもに本を貸し、お話を語った。石井桃子の「かつら文庫」、松岡享子の「松の実文庫」。その家庭文庫が集まって1974年に生まれたのが、子どもの本と読書にこだわる私立図書館だ。50年かけて選び抜いた本と、語りの技術がここにある。

※画像はAIによるイメージです。実際とは異なります。
Phase 5 #9は東京・中野の東京子ども図書館。
Phase 5の最初に訪ねた剣淵町絵本の館は、町ぐるみで絵本にこだわった図書館だった。今回は、子どもと本が出会う瞬間にこだわり続けてきた、私立の図書館である。
自宅を開いた4人
話は1950年代の東京にさかのぼる。
当時、公立図書館に子どものための部屋はまだ少なかった。そこで何人かの女性たちが、自分の家を子どもに開いた。自宅の本棚の本を近所の子どもに貸し、お話を語って聞かせる。「家庭文庫」と呼ばれる活動だ。
東京子ども図書館の母体になったのは、次の4つの文庫である。
| 文庫 | 開設 | 場所 | 開いた人 |
|---|---|---|---|
| 土屋児童文庫 | 1955年 | 世田谷区 | 土屋滋子 |
| 入船土屋児童文庫 | 1956年 | 中央区 | 土屋滋子 |
| かつら文庫 | 1958年 | 杉並区 | 石井桃子 |
| 松の実文庫 | 1967年 | 中野区 | 松岡享子 |
石井桃子は、『クマのプーさん』『ピーターラビット』の翻訳や『ノンちゃん雲に乗る』で知られる児童文学者だ。松岡享子は、アメリカの公共図書館で児童サービスを学んで帰国し、のちに『くまのパディントン』の翻訳でも知られるようになる。
文庫から、図書館へ
1971年、文庫の関係者たちは、文庫をもっと開かれた図書館にしようと設立準備委員会をつくった。中野区の貸しビルの一室から活動が始まり、1974年1月31日、東京都教育委員会の認可を受けて財団法人「東京子ども図書館」が設立される。
その後、練馬区のマンションに移り、1986年にはその1階に児童室を開いた。そして設立20周年の記念募金をもとに、1997年、中野区江原町に赤レンガ調の新館が建つ。
4つの文庫から受け継いだものを、図書館はこう整理している。
- 土屋文庫から:子どもと本のたのしみを分かち合うという基本
- かつら文庫から:子どもから学ぶ姿勢
- 松の実文庫から:丁寧な児童サービスの実践
家庭文庫で、一人ひとりの子どもの顔を見ながら本を手渡してきた。その手ざわりを、図書館になっても手放さなかったのである。
「おはなし」を語る人を育てる
東京子ども図書館が何よりこだわってきたのが、おはなし、つまりストーリーテリングだ。
絵本を読み聞かせるのとは違う。語り手が物語を覚え、本を持たずに、子どもの目を見て語る。昔話や創作のお話が、声だけで子どもに届く。
図書館は設立前の1972年から大人のためのお話会を始め、1973年には語るのに向いたお話を集めた小冊子『おはなしのろうそく』シリーズの刊行を始めた。1974年からは「お話の講習会」で語り手の養成を続けている。全国の図書館や学校で子どもにお話を語っている人の中には、ここの講習会や『おはなしのろうそく』で学んだ人も多い。
館内の「おはなしのへや」は、レンガの壁に北欧の薪ストーブ、ステンドグラスという、物語の中のような部屋だ。おはなし会では部屋の明かりを落とし、ろうそくを一本灯して語り手が語りはじめる。耳だけで聞く物語は、子どもの頭の中に自分だけの絵を描かせる。冊子の名前『おはなしのろうそく』は、この光景から来ている。
「子どもに手渡し続けたい本」を選ぶ
もう一つの大きな仕事が、本を選ぶことだ。
図書館は2005年から、戦後に出版された児童書の中から「子どもに手渡し続けたい本」を厳選する作業を続け、2022年に「児童図書館基本蔵書目録」全3巻を完結させた。
- 第1巻『絵本の庭へ』(2012年):絵本1,157点
- 第2巻『物語の森へ』(2017年):創作文学・昔話・詩など約1,600点
- 第3巻『知識の海へ』(2022年):ノンフィクション約1,500点
選ぶ基準は、評判や売れ行きではない。実際に子どもに本を手渡し、読むときの息づかいや表情を見てきた経験だ。17年かけて完結したこの目録は、子どもの本を選ぶときの一つの道しるべになっている。
Phase 4の県立図書館シリーズでは、「児童書の答え」として各館の子ども向けの工夫を見てきた。東京子ども図書館の答えは、とてもシンプルだ。一冊ずつ、手で渡す。
50年目の改修
2024年、東京子ども図書館は設立50周年を迎えた。長く理事長を務めた松岡享子は、その少し前の2022年に亡くなっている。
50周年を機に、図書館は建物の改修のためのクラウドファンディングを行った。2026年の中野区の区報では、館内に四方の壁に映像が映る「シアタールーム」ができたことも紹介されている。
そしてもう一つ。石井桃子が1958年に自宅で開いた「かつら文庫」は、いまも杉並区荻窪に残り、東京子ども図書館が運営している。子ども向けには毎週土曜日の14:00〜17:00に開いている。母体になった家庭文庫の一つが、70年近くたったいまも、同じ家で子どもを迎えているのだ。
かつら文庫は、おとなも訪ねることができる。
- 見学(公開日):月に2回程度、13:00〜16:00。職員が各部屋をめぐって案内してくれる。事前予約制で、観覧料は700円(施設維持のため。高校生までは無料)。公開日は開館日カレンダーで確認し、東京子ども図書館(03-3565-7711)に申し込む
- 本の貸出:子どもに貸している本を、おとなにも貸し出している。閲覧は無料。貸出には年間1,000円の利用登録料が必要(東京子ども図書館・資料室の利用登録証がある人、障害者手帳を持つ人、70歳以上の人は無料)。5冊まで4週間、連絡すれば2週間延長でき、遠方の人には郵送でも貸してくれる(送料実費)
- 行事:おとなのためのお話会や、石井桃子や児童文学にかかわる小規模な講座も開かれる
石井桃子が暮らし、子どもたちに本を手渡した家の中を歩ける。児童文学が好きな人にとっては、東京子ども図書館とセットで訪ねたい場所だ。
利用のしかた
館内は大きく二つに分かれている。
- 1階 児童室:絵本、物語、昔話、ノンフィクションなど約9,000冊。乳幼児から中高生まで、子どもが自由に本を選んで読める。無料の利用登録をすれば本も借りられる(1人4冊・3週間)
- 地下 資料室:日本語と外国語の児童書、児童文学の研究書、読書運動の資料など約1万9,000冊。大人が子どもの本を調べるための部屋だ
資料室は、閲覧は無料。本を借りるには年間1,000円の利用登録料がいる(賛助会員、障害者手帳を持つ人、70歳以上の人は無料)。貸出冊数は無制限で、4週間借りられ、連絡すれば2週間延長できる。遠方の人には郵送でも貸してくれる(送料実費)。
もう一つの柱がレファレンスだ。文書・電話・FAXで調べものの相談を受けていて、読書相談、お話会や家庭文庫の運営の相談にも乗ってくれる(一部は調査費・資料作成費がかかる)。家庭文庫から生まれた図書館が、いまは全国で文庫を開こうとする人を支えている。
おはなし会は毎週水曜日と第2・4土曜日(3歳から)。0歳から参加できる「わらべうたの会」は第1・3土曜日で、申込は不要だ。
設備とアクセス
都営大江戸線の新江古田駅から徒歩約10分。新宿からは大江戸線で約15分だ。
開いている日と時間は、部屋によって違う。
- 児童室:火曜・水曜・金曜 13:00〜17:00、土曜 10:30〜17:00
- 資料室:火曜・水曜・金曜・土曜 10:30〜17:00
- 木曜日は事務室のみで、児童室も資料室も開いていない
- 日曜・月曜・祝日、年末年始、8月上旬の特別整理期間は休館
子どもを連れて行くなら、火・水・金の午後か土曜日に。公立図書館の感覚で平日の午前に行くと閉まっているので注意したい。
駐車場・駐輪場はなく、住宅街の中にあるので電車で。ベビーカーでの入館はでき、おむつ交換台もある(授乳室はなし)。利用者向けのWi-Fiやコンセントはなく、持ち込みの参考書で勉強する自習もできない。ここは子どもが本を楽しみ、大人が子どもの本を学ぶための場所だ。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 東京都中野区江原町1-19-10 |
| アクセス | 都営大江戸線「新江古田駅」から徒歩約10分 |
| 開館時間 | 児童室:火・水・金 13:00〜17:00、土 10:30〜17:00/資料室:火・水・金・土 10:30〜17:00 |
| 休館日 | 日曜日・月曜日・木曜日・祝日・年末年始・特別整理期間(8月上旬) |
| 料金 | 閲覧は無料/資料室の貸出は利用登録料 年1,000円(冊数無制限・4週間、郵送貸出あり) |
| レファレンス | 文書・電話・FAXで受付(読書相談、お話会・文庫運営の相談も) |
| 蔵書 | 児童室 約9,000冊・資料室 約1万9,000冊 |
| Wi-Fi・電源 | なし |
| 学習室 | なし(自習不可) |
| 関連施設 | かつら文庫(杉並区荻窪、石井桃子の旧宅。子ども向けは土曜14:00〜17:00、おとなの見学は月2回程度・事前予約制・観覧料700円) |
| 設立 | 1974年1月31日(母体の家庭文庫は1955年〜) |
| 催し | おはなし会(毎週水曜・第2/4土曜)、わらべうたの会(第1/3土曜) |
| 駐車場 | なし(駐輪場もなし) |
| 公式サイト | 東京子ども図書館 |
こんな人におすすめ
- 子どもと一緒に、本当に良い子どもの本に出会いたい人
- 本を持たずに語る「おはなし」を、実際に聞いてみたい人
- 図書館員、保育士、教員など、子どもに本を手渡す仕事をしている人
- 石井桃子や松岡享子の仕事が好きで、その原点を訪ねたい人(かつら文庫とあわせて)
- 剣淵の絵本の館とあわせて、「子どもの本にこだわった図書館」をめぐりたい人
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