48万冊、全部もらいもの——矢祭もったいない図書館
「合併しない宣言」で知られる福島の小さな町には、図書館も書店もなかった。2006年、町は全国に「読まなくなった本をください」と呼びかける。集まったのは48万冊。武道場を改装し、寄贈本だけで開館した全国初の町立図書館は、本を買わずに始まった。

※画像はAIによるイメージです。実際とは異なります。
Phase 5 #4は福島県の矢祭もったいない図書館。
前回の遅筆堂文庫は、一人の作家が集めた本を丸ごと収めた図書館だった。今回はその正反対。全国の何千人もの人たちが、自分の本棚から一冊ずつ抜いて送った本でできた図書館だ。
「合併しない」町
矢祭町は、福島県の最南端、茨城県との県境にある人口5千人台の町だ。久慈川沿いの山あいに、JR水郡線が細く通っている。
この町の名前が全国に知られたのは2001年のこと。「平成の大合併」が全国で進むなか、町議会が「市町村合併をしない矢祭町宣言」を可決した。合併すれば国からの手厚い支援が受けられる時代に、小さな町が自分たちだけでやっていくと宣言したのだ。
自立の道を選んだ町の財政は、当然楽ではない。住民アンケートでは図書館を望む声が多かったが、町には図書館も、書店すらなかった。あったのは施設に付属した小さな図書室だけ。新しく図書館を建てて、本を買いそろえる予算はない。
「読まなくなった本を、ください」
そこで町は、思い切った手に出る。
2006年5月、町は新聞やインターネットで全国に呼びかけた。
書店もない町なので、何とか図書館をつくりたい。しかし町の財政が乏しいので、皆様の家に読まなくなった本がありましたら寄贈して頂けませんでしょうか
反響は、町の想像をはるかに超えた。3か月後の8月には、全国から届いた本が40万冊を突破。一人で1,000冊以上を送ってきた人もいた。最終的に集まった本は約48万冊。人口6千人に満たない町に、町民一人あたり約80冊が届いた計算になる。
町はやがて寄贈の受付を締め切り、それ以降は本を求めている別の自治体を紹介する側に回った。
武道場が図書館になった
2006年12月、図書館の名前は「矢祭もったいない図書館」に決まった。読まれずに眠っていた本を、もう一度誰かの手に。「もったいない」は、そのままこの図書館の思想だ。
建物も新しくは建てなかった。町が持っていた武道場を改装して図書館にしたのだ。そして山のような寄贈本の仕分けと整理を担ったのは、町の住民ボランティアたちだった。
2007年1月14日、矢祭もったいない図書館は開館する。寄贈本だけでつくられた、全国初の町立図書館だ。開館時に貸出できる本は約3万6千冊。専門書もそろっていて、開館後は長野や東京の大学生まで本を探しに来たという。
この年、図書館は図書館界の賞「Library of the Year 2007」で優秀賞を受けている。
町じゅうに散らばった「もったいない文庫」
それでも、48万冊は一つの建物には収まりきらない。
開館した2007年の10月、町は町内25か所に「もったいない文庫」を置いた。集会所などに、寄贈本から小説や新書を約400冊ずつ配る。図書館から遠い家の人や、お年寄りにも本を届けるためだ。
同じ時期に、毎月第3日曜日を「矢祭町読書の日」と定めた。この日は、ふだん休みの日は閉まっている文庫も開く。
当時の報道によると、文庫には世間話をしに来る人がいて、畳の上を子どもが走り回っていたという。静かに本を読む場所というより、本をきっかけに近所の人が集まる場所。これもまた、矢祭らしい図書館の形だろう。
子ども司書と、手づくり絵本
開館の後も、この図書館は町の人を巻き込み続けている。
2009年には、小学生が図書館の仕事を学ぶ「子ども司書」制度を始めた。同じ年に始まった「手づくり絵本コンクール」は全国的にも注目される企画に育ち、2023年には第15回を迎えている。
2022年には、図書館のロゴマークも新しくなった。デザインを考えたのは町の小中学生たちで、町の人にインタビューを重ねて案をまとめ、最後は町民投票で決めた。込められた意味は「『ふふっ』と笑顔の生まれるみんなの居場所」。
開館当初は住民ボランティアが中心だった運営は、2016年度から町が引き継いでいる。2017年に開館10周年を迎え、いまは20年目に向かっている。
遅筆堂文庫と並べてみる
Phase 5の#3と#4を続けて読むと、面白い対比が見えてくる。
| 遅筆堂文庫(#3) | 矢祭もったいない図書館(#4) | |
|---|---|---|
| 本を集めた人 | 井上ひさし一人 | 全国の何千人もの人 |
| 冊数 | 約22万点 | 約48万冊 |
| 残し方 | 書き込みも付箋も丸ごと | 読まれなくなった本に、もう一度読み手を |
| こだわり | 一人の頭の中をそのまま残す | 本を買わずに、図書館をつくる |
どちらも「本は捨てずに、誰かの手に渡すべきだ」という考えでつながっている。ただ、一方はそれを一人の作家の意志として、もう一方は無数の匿名の善意として実現した。
設備とアクセス
JR水郡線の東館駅から徒歩約1分という駅前の立地。郡山駅から水郡線で約1時間30分、上野からは水戸経由で約3時間かかる。ローカル線にゆられて来るのが、この図書館にはよく似合う。車なら常磐道の那珂ICから、または東北道の白河ICから、どちらも約1時間。
開館時間は9:30〜18:00。休館日は毎週月曜日(祝日の場合は開館し、翌火曜日が休館)、年末年始(12/29〜1/3)、図書整理期間。
うれしいのは、住んでいる場所に関係なく、誰でも貸出カードを作れること。10冊まで2週間借りられる。全国から本を集めた図書館は、全国の誰にでも本を貸してくれる。
閲覧席の一部には、コンセント付きのパソコン使用席が8席ある。持ち込んだノートPCで作業できるが、スマホなどの充電だけに使うのはマナー違反として遠慮を求められている。独立した自習室はない。Wi-Fiについては公式の利用案内に記載がない。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 福島県東白川郡矢祭町大字東舘字石田25 |
| アクセス | JR水郡線「東館駅」から徒歩約1分/常磐道「那珂IC」・東北道「白河IC」から約1時間 |
| 開館時間 | 9:30〜18:00 |
| 休館日 | 毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)・年末年始(12/29〜1/3)・図書整理期間 |
| 寄贈総数 | 約48万冊(寄贈本だけでつくられた全国初の町立図書館) |
| 蔵書 | 約48万冊(うち開架約6.8万冊) |
| 貸出 | 住所に関係なく誰でもカード作成可、10冊・2週間 |
| 電源 | パソコン使用席8席のみ(充電目的の利用は不可) |
| 学習室 | なし |
| 開館 | 2007年1月14日(町の武道場を改装) |
| 受賞 | Library of the Year 2007 優秀賞 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| 公式サイト | 矢祭もったいない図書館 |
こんな人におすすめ
- 「合併しない」を選んだ小さな町の、自立のかたちを見てみたい人
- 全国から届いた寄贈本だけでできた棚を、自分の目で確かめたい人
- 水郡線のローカル線旅で、駅前1分の図書館に寄りたい人
- 家に眠っている本の行き先について、考えてみたい人
- 遅筆堂文庫とあわせて、「本を捨てない図書館」を東北でめぐりたい人
- 袋田の滝や矢祭山の渓谷と組み合わせて、奥久慈を旅したい人
周辺スポット
矢祭山公園
久慈川の渓谷に奇岩が連なる、矢祭町を代表する景勝地。川をまたぐ赤い「あゆのつり橋」が名物で、春のツツジ、秋の紅葉の季節は特に美しい。夏は久慈川のアユを焼く香りが漂う。図書館から北へ少し走るだけで、町の景色ががらりと変わる。
Google Mapsで見る ›袋田の滝
日本三名瀑のひとつに数えられる、高さ約120m・幅約73mの滝。岩肌を四段に落ちることから「四度の滝」とも呼ばれる。冬には滝が凍る「氷瀑」が見られることもある。県境を越えて南へ30分ほど。水郡線で矢祭とつながる、奥久慈観光の中心だ。
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