焼けた図書館に、7,400冊が届いた——宮崎県立図書館
1959年4月、宮崎県立図書館は隣の建物からの類焼で全焼した。半年後、県民の献本運動で7,400冊が集まる。いまの館は4代目で、宮崎大学農学部の跡地にできた総合文化公園の一角に建ち、テーマは「光と陰の織りなす綾」。美術館・芸術劇場と並ぶ、宮崎の文化ゾーンの図書館だ。

※画像はAIによるイメージです。実際とは異なります。
Phase 4 #43は宮崎県立図書館。
前回の大分は「磯崎新が二度建てた」図書館だった。今回の宮崎には、そういう建築家の物語はない。かわりにあるのは、一度焼けて、県民が本を持ち寄って立て直したという話だ。
1902年、大分と同じ年に
宮崎県立図書館の創立は1902年(明治35年)5月28日。私立の日州教育会附属図書館を県に移管する形で始まった。蔵書は2,300冊、建物は47坪だったという。
1902年といえば、前回の大分県立図書館の創立と同じ年だ。九州の隣り合う二県が、同じ年に同じように「教育会の図書館を県が引き取る」形で県立図書館を始めている。明治30年代、各県の教育会が図書館づくりの担い手だったことがよくわかる。
1915年には県庁の南隣に2代目の館が完成。1917年には「宮崎県立宮崎図書館」と改称し、都城・延岡にも県立図書館が開かれて、県立3館体制になった。
県立が3館あった時代と、その行き先
この3館体制は、戦後すぐにほどけていく。
- 1947年、県立延岡図書館が延岡市に移管され、延岡市立延岡図書館に
- 1948年、県立都城図書館が都城市に移管され、都城市立都城図書館に
- 1950年、宮崎の館が「宮崎県立図書館」に改称
県立の分館が、そのまま市立図書館の母体になったわけだ。このシリーズでは「県立と市立の関係」を何度も見てきた。三重は県立が市立の役割を代行し、滋賀は県立が市町村に図書館を作らせ、富山は両者を併合した。宮崎は、県立の分館を市に渡して市立図書館を生んだ例になる。
ちなみに延岡の県立図書館は1937年、北隣の延岡市役所の火災が燃え移って焼けている。宮崎の図書館史は、火事と縁が深い。
1959年、全焼
そして本館も焼けた。
1959年(昭和34年)4月5日、近隣の町村会館から出た火が燃え移り、2代目の県立図書館は全焼した。資料の多くが失われた。
ここからの動きが早い。7月20日には県公会堂の中に仮の図書館を開設している。そして10月、県民による献本運動が行われ、7,400冊の本と57,000円の寄付金が集まった。
県が買い直すのを待つのではなく、県民が自分の本棚から本を抜いて図書館に送った。焼けてからわずか半年の出来事だ。
1961年7月11日、2代目の跡地に鉄筋コンクリート3階建ての3代目が完成した。
1988年、農学部の跡地へ
いまの館は4代目にあたる。
1988年(昭和63年)5月、宮崎市船塚の宮崎県総合文化公園内に開館した。敷地はもともと宮崎大学農学部があった場所で、大学の移転後、置県百年記念事業として文化施設の集積地に生まれ変わった。
総合文化公園は、図書館・美術館・芸術劇場・文化広場・県民広場をひとまとめに整備した約16.5haの公園だ。建設期間は1985年度から1994年度まで、事業費は約400億円。東側に図書館・美術館・芸術劇場、西側に約9万㎡の芝生の県民広場が広がる。近くには県総合博物館や平和台公園もあり、一帯が宮崎の「文化ゾーン」になっている。
「土地の来歴」シリーズとして見れば、大学の農場や研究棟があった場所に、いまは本と絵と舞台が並んでいる。耕す場所が、別の意味で耕す場所になった。
テーマは「光と陰の織りなす綾」
新館の設計テーマは「光と陰の織りなす綾」。建築面積5,385㎡、延床面積9,729㎡で、収蔵能力は80万冊として計画された。総工費は33億円。
南国宮崎の強い日差しを、そのまま室内に入れるのではなく、庇や開口で光と影に分けて取り込む。そういう発想のテーマだろう。外の光が強い土地ほど、図書館の中の陰は貴重になる。
蔵書は2026年3月末時点で865,124冊。計画時の80万冊をすでに超えている。
杉田文庫と、県全体をつなぐ仕組み
この館ならではの資料として、杉田文庫がある。1985年、宮崎市の杉田正臣氏らから寄贈された約1万2千点のコレクションで、俳諧書・歴史書・医学書などからなる。とくに医書の古刊本は、置県百年を記念する寄贈として受け入れられたものだ。
一方で、県立図書館らしい仕事は棚の外にもある。県内の市町村立図書館とネットワークでつながり、県立の本を最寄りの図書館で受け取れる。2024年には電子書籍サービス、2025年には「デジタル宮崎県史」の運用も始まった。宮崎大学医学部のがん相談支援センターと連携した、がん情報の展示や冊子の配架も続いている。
焼けた図書館を県民が本で埋め戻した県で、いまは県立図書館が県内の隅々に本を送り出している。向きが逆になっただけで、本が人の手を渡っていく構図は同じだ。
設備とアクセス
開館時間は9:00〜19:00(児童図書室は9:00〜17:00)。休館日は毎週月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12/29〜1/4)、特別整理期間。
総合文化公園の駐車場は無料で531台あり、車で来るならまず困らない。電車ならJR宮崎神宮駅から徒歩約20分、タクシーで約5分。バスなら宮交バス「文化公園前」で降りてすぐだ。JR宮崎駅からはタクシーで約15分。
ただし同じ公園には県立芸術劇場と県立美術館がある。大きな公演や展覧会と重なる週末は、駐車場がかなり混むので注意したい。
1階に閲覧室と新聞・雑誌コーナー、インターネットコーナー、ギャラリーがある。2階には研修ホール・研修室・特別展示室と、がんの冊子などを置いた健康情報コーナーが並ぶ。
PC作業をするなら、閲覧室の持ち込みパソコン席(20席)へ。電源とLANケーブルが使え、Wi-Fi(無線LAN)にも対応している。利用時間の制限は特にないが、机上の利用記録簿に使用時間を書く決まりだ。
自習については少し注意がいる。常設の学習室はなく、1階閲覧室の「図書館資料閲覧専用席」と「調べもの専用席」では、持ち込みの参考書だけで勉強するのは遠慮してほしいというのが館の方針だ。そのかわり、閲覧室が満席になりそうなときは2階の研修ホールなどを臨時の学習室として開放している。2025年に寄せられた県民の声に対しても、県は「断っているということはない」と回答し、混雑や行事の予定を見ながら早めに開放すると説明している。開放されているかどうかは、閲覧室入口や2階通路の掲示で確認できる。
飲食は2階の談話室「みどり」で。開館中はいつでも飲食でき、自動販売機もある。ただし、ここでの勉強や長時間の利用は不可。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 宮崎県宮崎市船塚3丁目210番地1(宮崎県総合文化公園内) |
| アクセス | JR宮崎神宮駅から徒歩約20分/宮交バス「文化公園前」下車すぐ/JR宮崎駅からタクシー約15分 |
| 開館時間 | 9:00〜19:00(児童図書室は9:00〜17:00) |
| 休館日 | 毎週月曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始(12/29〜1/4)・特別整理期間 |
| 蔵書数 | 865,124冊(2026年3月31日現在) |
| 開館 | 1988年5月(創立1902年) |
| 規模 | 建築面積5,385㎡・延床面積9,729㎡ |
| Wi-Fi | あり(持ち込みパソコン席などで無線LAN利用可) |
| 電源 | あり(持ち込みパソコン席20席のみ、利用記録簿に記入) |
| 学習室 | 常設なし(閲覧室が混雑した際に2階研修ホール等を臨時開放) |
| 駐車場 | あり(総合文化公園駐車場、無料・531台) |
| 飲食 | 2階 談話室「みどり」(自動販売機あり、学習不可) |
| 公式サイト | 宮崎県立図書館 |
こんな人におすすめ
- 図書館が焼けて、県民の本で立て直された歴史に触れてみたい人
- 図書館・美術館・芸術劇場がそろう文化公園で、一日ゆっくり過ごしたい人
- 大学の跡地が文化施設に生まれ変わった「土地の来歴」に興味がある人
- 俳諧書や医書の古刊本を含む杉田文庫を見てみたい人
- 電源つきの持ち込みパソコン席で、腰を据えて調べものや作業をしたい人
- 宮崎神宮への参拝とあわせて、宮崎市の北側を歩きたい人
周辺スポット
宮崎神宮
神武天皇を祀る神社で、宮崎の人には「神武さま」の名で親しまれている。深い社叢に囲まれた境内は、街なかとは思えないほど静か。秋の御神幸祭(神武さま)は宮崎市最大級の祭りだ。図書館からは歩いて行ける距離なので、朝の参拝と図書館を一続きにするのがおすすめ。
Google Mapsで見る ›宮崎県立美術館
図書館と同じ宮崎県総合文化公園にある県立美術館。宮崎ゆかりの作家の作品に加え、瑛九のコレクションで知られる。図書館・美術館・芸術劇場が一つの公園に並ぶ配置は、置県百年記念事業として一体で計画されたもの。本を読んだあと、そのまま絵を見に行ける。
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