作家たちが、自分で建てた——日本近代文学館
1962年、日本には近代文学の資料を保存する専門図書館がなかった。作家・高見順は文壇に呼びかけ、川端康成らとともに政財界に頭を下げて資金を集めた。起工式の翌日、高見は亡くなる。1967年、駒場公園に開館した文学館には、いま120万点以上の原稿・初版本・雑誌が眠っている。

※画像はAIによるイメージです。実際とは異なります。
Phase 5 #6は東京・駒場の日本近代文学館。ここから8館、東京の専門図書館が続く。
#3の遅筆堂文庫は、一人の作家が自分の蔵書を故郷に送った図書館だった。今回は、日本中の作家が集まって、自分たちのために建てた図書館である。
「専門図書館がありません」
1962年の日本には、近代文学の資料をまとめて保存する場所がなかった。
作家の原稿、書簡、初版本、同人誌。明治以降の文学を支えた資料は、作家が亡くなるたびに遺族の手で処分され、古書市場に流れ、あるいは戦災で焼けて、散り散りになっていった。
これを憂えていたのが、作家の高見順である。1962年1月、文学研究者の小田切進との雑談が、すべての始まりになった。のちにまとめられた設立趣意書には、こう書かれている。
日本にはまだ近代文学の関係資料を保存する専門図書館がありません。
文壇が、頭を下げて回った
同じ年の5月、文壇と学界の有志23人が設立準備会を立ち上げる。設立発起人には、川端康成、柳田国男をはじめ、作家・研究者・出版人あわせて243人が名を連ねた。
建設に必要な資金は約4億円と見込まれた。作家たちは各界に寄付を呼びかけ、政財界の有力者にも頭を下げて回った。川端康成も、積極的に挨拶回りをしたという。
作品を書くことが仕事の作家たちが、自分たちの書いたものを残すために、資金集めに奔走したのだ。
当初は国立国会図書館の中に置く案も探られ、1964年には上野図書館の中に「日本近代文学館文庫」が開設されている。だが最終的に、建物は東京・目黒の駒場公園に建てることが決まった。
起工式の翌日に
1965年8月16日、駒場公園で起工式が行われた。
高見順は、その場にいなかった。病床にあったのだ。そして式の翌日、8月17日に亡くなる。文学館の建設が動き出すのを見届けるようにして、言い出した本人が世を去った。
高見は生前、自分が集めた雑誌1,700種・2万5,000冊を文学館に寄贈している。昭和初期のプロレタリア文学の関係誌や、戦前・戦中の同人誌など、ほかでは見つからない資料が多く含まれていた。
1967年4月13日、日本近代文学館は開館した。資料の寄贈や建設資金の寄付に応じた人は、約1万5千人にのぼったという。館内には、いまも高見順の銅像が立っている。
120万点以上の「文学の倉庫」
開館から半世紀以上がたち、所蔵資料は120万点以上にのぼる。図書と雑誌が中心だが、作家の原稿、書簡、日記まで、近代文学にかかわるあらゆるものが集められている。夏目漱石、芥川龍之介、川端康成といった作家ごと、寄贈者ごとにまとまった「文庫・コレクション」は170を超える。
文学館は自らの役割を三つに分けている。
- 近代文学の資料の保存:散逸する資料を集め、守る
- 近代文学の専門図書館:研究者や読者が資料を閲覧できるようにする
- 近代文学センター:展覧会や講演会で、文学を社会に開く
つまりここは、博物館のように「見せる」場所であり、図書館のように「読ませる」場所であり、倉庫のように「守る」場所でもある。
展示室では、年に数回の展覧会が開かれる。2026年秋は特別展「宇野千代展―100年の旅人―」(9月12日〜11月21日)。作家の原稿や初版本を、ガラス越しではあるが間近に見られる。
閲覧室は閉架式で、目録や端末で資料を探し、請求用紙を出して出してもらう。そしてここは貸出をしない専門図書館だ。読みたい資料はその場で読む。複写は有料で依頼できる。図書と雑誌以外の資料(原稿など)を見たいときは、事前の予約が必要になる。
閲覧室も展示室も有料で、一般は300円から(特別展は別料金)。お金を払って入る図書館、というのも専門図書館らしい。
成田にも、分館がある
120万点を超える資料は、駒場の建物だけには収まりきらない。
文学館は2007年、千葉県成田市に成田分館を建てた。建設資金は、すべて募金でまかなったという。開館は毎月第1・第3土曜日。前回の#5で訪ねた成田山仏教図書館と同じ成田の地に、もう一つの「本の倉庫」があるわけだ。
遅筆堂文庫と並べてみる
#3の遅筆堂文庫と、今回の日本近代文学館は、どちらも「作家の資料を残す」ための場所だ。
| 遅筆堂文庫(#3) | 日本近代文学館(#6) | |
|---|---|---|
| 言い出した人 | 井上ひさし一人 | 高見順と文壇の作家たち |
| 集めたもの | 一人の作家の蔵書 | 近代文学全体の資料 |
| 場所 | 作家の故郷・山形県川西町 | 東京・駒場公園 |
| 資料数 | 約22万点 | 120万点以上 |
一人の作家が「自分の本棚を残したい」と考えたのが遅筆堂文庫なら、作家たちが「自分たちの文学を残したい」と考えたのが近代文学館だ。
設備とアクセス
京王井の頭線の駒場東大前駅から徒歩約7分。駒場公園の中にある。渋谷からは井の頭線で2駅だ。
開館時間は9:30〜16:30。休館日は日曜日と月曜日(祝日の場合は翌日)、第4木曜日、2月と6月の第3週(特別整理期間)、年末年始、展示替え期間。週末に行くなら土曜日しかないので、公式サイトのカレンダーで必ず確認してから行きたい。
館内にはブックカフェ「BUNDAN COFFEE & BEER」がある。文学にちなんだメニューが並び、こちらは文学館の利用券がなくても入れる。
駐車場は用意されていないので、電車で行くのが基本。利用者向けのWi-Fiやコンセントの案内はない。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 東京都目黒区駒場4-3-55(駒場公園内) |
| アクセス | 京王井の頭線「駒場東大前駅」から徒歩約7分 |
| 開館時間 | 9:30〜16:30 |
| 休館日 | 日曜日・月曜日(祝日の場合は翌日)・第4木曜日・2月と6月の第3週・年末年始ほか |
| 料金 | 閲覧室・展示室とも有料(一般300円〜、特別展は別料金) |
| 所蔵資料 | 120万点以上(図書・雑誌・原稿・書簡など、文庫・コレクション170以上) |
| 開館 | 1967年4月13日(設立準備会は1962年) |
| 貸出 | なし(閲覧室で閲覧のみ) |
| 分館 | 成田分館(千葉県成田市、2007年開設、毎月第1・第3土曜日開館) |
| カフェ | BUNDAN COFFEE & BEER |
| 駐車場 | なし |
| 公式サイト | 日本近代文学館 |
こんな人におすすめ
- 好きな作家の原稿や初版本を、実物で見てみたい人
- 作家たちが資金集めに走り回ってまで守ろうとしたものを、知りたい人
- 卒論や研究で、近代文学の一次資料にあたりたい人
- 旧前田家本邸や日本民藝館と組み合わせて、駒場を一日散策したい人
- 遅筆堂文庫とあわせて、「作家の資料を残す」場所をめぐりたい人
周辺スポット
旧前田家本邸(駒場公園)
加賀百万石の前田家16代当主・前田利為が1929年に建てた洋館と和館。洋館は英国チューダー様式で、和館とあわせて国の重要文化財に指定されている。入館は無料。石川県立図書館の記事で書いた「前田家の蔵書」の、その一族が東京で暮らした邸宅だ。文学館とセットで駒場公園をひと回りしたい。
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思想家・柳宗悦が1936年に開いた、民藝運動の本拠地。名もない職人が作った日用の器や布に「用の美」を見いだしたコレクションが並ぶ。石造りの長屋門のある西館(旧柳宗悦邸)は、公開日が限られているので要確認。文学館と同じく、一つの思想にこだわった人たちがつくった場所だ。
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