音楽の殿様の文庫が、84年後に届いた——和歌山県立図書館
紀州徳川家16代当主・徳川頼貞が集めた西洋音楽コレクション「南葵音楽文庫」。ベートーヴェンの自筆楽譜を含む2万点が、2017年に和歌山県立図書館で公開された。頼貞はかつて、この図書館の後援会総裁だった人物である。1908年に和歌山城内で開館し、戦中戦後に二度接収された館を訪ねる。

※画像はAIによるイメージです。実際とは異なります。
Phase 4 #27は和歌山県立図書館。和歌山市西高松、複合施設「きのくに志学館」の1階にある。JR和歌山駅・南海和歌山市駅からバスで「高松」下車、徒歩3分。
この館には、ベートーヴェンの自筆楽譜がある。
南葵音楽文庫
南葵音楽文庫(なんきおんがくぶんこ)という。「南葵」は紀州徳川家を意味する。
集めたのは、紀州徳川家16代当主の徳川頼貞(1892〜1954)。幼い頃から音楽に興味を持ち、21歳でケンブリッジ大学に留学して音楽を専攻した。欧州の音楽文化を目の当たりにして帰国した彼は、1918年(大正7年)、東京・麻布飯倉に日本初の音楽専用ホール「南葵楽堂」を建てる。そこに併設された音楽専門図書館の蔵書が、この文庫だ。
コレクションの中身がすさまじい。
- イギリスの音楽学者ウィリアム・ヘイマン・カミングスの音楽文庫の主要部分
- ドイツの音楽学者マックス・フリートレンダーが所蔵していた貴重書と音楽雑誌
- 高名なチェロ奏者ジョゼフ・ホルマンが遺した楽譜のすべて
これらを買い集めた結果、1929年の時点で蔵書は30,000冊に達していた。ベートーヴェンの自筆楽譜と自筆書簡、ヘンデルの自筆音楽理論書、そしてバッハ・モーツァルト・シューベルトの全集楽譜。戦後に補充された分を含めて20,331点。「音楽の殿様」と呼ばれた人の、本気の集め方である。
その後、文庫は長らく行方が分からなくなる。再び人々の前に姿を現したのは1967年。1977年からは読売日本交響楽団が所蔵していた。
そして2016年、読響と和歌山県が寄託契約を締結。翌2017年12月3日、紀州徳川家ゆかりの地である和歌山で、一般公開が始まった。県立図書館のなかに「南葵音楽文庫閲覧室」が設けられ、整理の終わった資料から順次公開されている。
後援会総裁の名前
ここに、ひとつ円環がある。
和歌山県立図書館の沿革をたどると、1932年(昭和7年)12月に本館の改築案が可決され、翌1933年に「和歌山図書館後援会」が設立されたという記述が出てくる。その総裁を務めたのが、徳川頼貞だった。
つまり頼貞は、1930年代にこの図書館を支える立場にいた。そして彼が集めた音楽コレクションが、84年の時を経て、同じ図書館に届いたことになる。東京の南葵楽堂から始まり、行方不明の時期をはさみ、読響の手を経て、和歌山へ。
こういう巡り方をする資料は、そう多くない。
ちなみに頼貞の父、15代当主の徳川頼倫も1902年に東京飯倉の邸内に南葵文庫という私設図書館を設立し、1908年から一般公開している。蔵書7万冊。その1908年は、和歌山県立図書館が和歌山城内に創設された年でもある。父子ともに、図書館という装置に深く関わった家系だった。
二度、接収された
現在の館の前史は、和歌山城のなかにある。
1908年(明治41年)6月、和歌山県立図書館は和歌山城二の丸に創設された。蔵書は約8,000冊。館内閲覧のみの完全閉架方式だった。館外貸出が始まるのは1910年1月からで、それも「貸出特許票」を交付された人だけが対象という限定的なものだった。
1938年6月、和歌山城内で建て替えて2代目本館が開館。このとき初の専任館長が就いている。
戦時中、この図書館は数奇な目に遭う。
- 1945年1月——本館が軍に接収される。海草地方事務所の一室へ移転したが、実質的に開店休業状態となった
- 1945年9月——戦災を免れた本館へ復帰
- 1945年10月——今度は米駐留軍に接収される。翌年4月まで和歌浦の双青寮で仮業務
- 1946年6月——ようやく本館に復帰、開館
このシリーズでは、富山と岐阜が空襲で蔵書もろとも館舎を焼かれた話を書いた。和歌山は建物が焼けなかった。そのかわり、日本軍と米軍に立て続けに取り上げられた。焼失とは違う形の、図書館が機能を失う時間である。
戦後は1953年に自動車文庫「たちばな号」、翌年には紀南分館の「はまゆう号」が走り出す。1951年に田辺市の紀南分館、1964年に紀北分館。県内へ本を届ける体制が整っていった。
そして1993年(平成5年)7月31日、西高松の現在地へ移転。85年間いた和歌山城を出たことになる。
きのくに志学館という複合施設
移転先は単独の図書館ではなかった。
きのくに志学館は、3つの施設の総称であり愛称だ。
- 和歌山県立図書館(1階)
- 和歌山県立図書館文化情報センター(2階)
- 和歌山県立文書館
文化情報センターには、グランドピアノと200インチスクリーン、舞台照明を備えたメディア・アート・ホールがあり、コンサートや講演会が開かれる。視聴覚資料は約13,000点。文書館は古文書・公文書・行政刊行物を収集・保存する。
このシリーズで見てきた複合のかたちを並べると、県ごとの個性が出る。新潟は図書館と文書館の同居、福井は文書館とふるさと文学館、奈良は1館が公文書館機能を兼ねる。和歌山は、文書館に加えてホールと視聴覚部門を持った。
——そう考えると、南葵音楽文庫がここに来たのは偶然ではないのかもしれない。楽譜を受け入れる図書館には、音を出せる場所があった。
自習は、2階へ
利用のルールがはっきりしている。公式サイトにこうある。
閲覧席は当館資料を利用するために設けています。それ以外の目的では使用できません。自習には2階自習スペースをご利用ください。
閲覧席では自習できない。そのかわり2階に自習スペースがある。
場所は2階の文化情報センター内。運用のルールが3点ある。
- 図書館の利用券が必要。持っていなければ1階の総合カウンターで無料で作れる
- 事前予約はできず、当日先着順
- ただし公式サイトに「2階自習スペースの空き状況」のページがあり、リアルタイムの空き席をスマホで確認できる
予約はできないが、行く前に空いているかどうかは分かる。奈良の予約システムとは別の解き方で、無駄足を減らすところに手を打っている。2022年から運用されている仕組みだ。
近畿の県立図書館を7館続けて回ってきたが、自習への答えが全部違っていた。
| 館 | 自習 |
|---|---|
| 三重・滋賀・京都 | 通年で不可 |
| 大阪 | イベントのない日に多目的室を開放 |
| 兵庫 | 夏休み期間のみ開放 |
| 奈良 | 座席予約システムで常時可 |
| 和歌山 | 閲覧席は不可、2階に専用スペース(先着順・空き状況を公開) |
同じ制度、同じ地域、似た規模。それでも答えは揃わない。県立図書館というのは、思っていたよりずっと個別の判断でできている。
設備とアクセス
開館時間は火曜から金曜が9:00〜19:00、土日祝が9:00〜18:00。休館日は毎週月曜(祝日・振替休日は開館し翌日が休館)、館内整理日の毎月第2木曜(1月は4日)、年末年始、そして月曜を除く10日間の資料点検期間。
蔵書は約84万冊で、和歌山県内では最大規模。閲覧室・児童室・文化情報センターでの飲食は不可。児童室の屋上には太陽光パネルが設置されていて、環境配慮型の設備を早くから取り入れている。
Wi-Fiは館内で無料の公衆無線LANが使える。ただし電源コンセントは原則として提供されていない。ノートパソコンの持ち込み自体は可能なので、自習スペースで長時間作業するなら、フル充電かモバイルバッテリーが必須だと思っておいたほうがいい。ここは注意点だ。
駐車場は無料で77台(うち身体障害者用3台)。JR和歌山駅・南海和歌山市駅から和歌山バス(県庁前経由・和歌浦方面行き)で「高松」下車、徒歩3分。
南葵音楽文庫閲覧室の開室時間は、火〜金が9:00〜19:00、土日祝が9:00〜18:00。音楽文庫のレファレンスサービスは木曜から日曜の12:00〜18:00に限られるので、専門的な相談をしたいなら曜日と時間に注意したい。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 和歌山県和歌山市西高松一丁目7番38号(きのくに志学館1階) |
| アクセス | JR和歌山駅・南海和歌山市駅から和歌山バス(県庁前経由・和歌浦方面行き)「高松」下車 徒歩3分 |
| 開館時間 | 火〜金 9:00〜19:00 / 土日祝 9:00〜18:00 |
| 休館日 | 毎週月曜日(祝日・振替休日は開館し翌日休館)・毎月第2木曜日(1月は4日)・年末年始・資料点検期間(月曜を除く10日間) |
| 開館 | 1993年7月31日(1908年6月に和歌山城二の丸で創設、1938年に2代目本館) |
| 蔵書数 | 約84万冊(県内最大規模) |
| 特色 | 南葵音楽文庫(徳川頼貞の西洋音楽コレクション 20,331点/ベートーヴェン自筆楽譜ほか) |
| 自習 | 閲覧席は不可。2階文化情報センター内の自習スペース(要利用券・予約不可の先着順/空き状況は公式サイトでリアルタイム確認可) |
| Wi-Fi | あり(無料の公衆無線LAN) |
| 電源 | 原則なし(PC持ち込みは可・要充電) |
| 駐車場 | あり(無料・77台/うち身体障害者用3台) |
| 併設 | 和歌山県立図書館文化情報センター(メディア・アート・ホール、視聴覚資料約13,000点)・和歌山県立文書館 |
| 飲食 | 閲覧室・児童室・文化情報センターでは不可 |
| 公式サイト | 和歌山県立図書館 |
こんな人におすすめ
- 楽譜や音楽史の一次資料に触れてみたい人(南葵音楽文庫)
- 紀州徳川家と和歌山の近代史を調べたい人
- 図書館・文書館・ホールが揃った複合施設を見てみたい人
- 自習の場所を探している人(2階の自習スペースへ。要利用券・電源はないので充電を万全に)
- 無料駐車場に停めて、じっくり資料に当たりたい人
- 和歌山城とあわせて、この図書館が85年いた場所を歩きたい人
周辺スポット
和歌山城
徳川御三家のひとつ、紀州徳川家の居城。天守は戦災で焼失したのち1958年に再建され、虎伏山の上から市街と紀ノ川を見下ろしている。じつはこの城内こそ、1908年から1993年まで85年にわたって和歌山県立図書館が建っていた場所。西高松の現館を見たあとに歩くと、この図書館が移ってきた距離が実感できる。
Google Mapsで見る ›和歌山県立博物館
黒川紀章の設計による県立博物館で、和歌山城の南に隣接して建つ。紀州徳川家ゆかりの資料や、熊野信仰・高野山に関わる文化財を収蔵する。南葵音楽文庫のコレクションは、県立図書館とこの博物館の両方で公開されているので、音楽文庫を目当てに来るなら両館をセットで考えたい。
Google Mapsで見る ›🏨 図書館巡りの宿を探す
和歌山市内の宿を探す
図書館はJR和歌山駅・南海和歌山市駅からバスで「高松」下車すぐ。和歌山城や和歌浦、さらに高野山や熊野への起点にもなります。市街地に宿を取れば、県立図書館と城下町をまとめて回れます。
楽天トラベルで宿を探す