島じゅうが、図書館になった——海士町中央図書館
隠岐諸島の中ノ島にある、人口2,000人あまりの海士町。図書館が一つもなかったこの島は、2007年に「島まるごと図書館構想」を始めた。学校、公民館、港、診療所、郵便局、ホテル、カフェ。島のあちこちに本を置いて分館にし、島全体を一つの図書館にしてしまう。新しい建物をつくるのではなく、あるものをつなぐことにこだわった図書館。

※画像はAIによるイメージです。実際とは異なります。
Phase 5 #21は島根県隠岐諸島の、海士町中央図書館。
前回の瀬戸内市民図書館は、市民が6年かけて新しい図書館を建てた話だった。今回の海士町は、少し違う道を選んだ。大きな図書館を建てるのではなく、島全体を一つの図書館にしてしまったのだ。こだわっているのは、島にすでにあるものを、本でつなぐことである。
「ないものはない」島
海士町は、日本海に浮かぶ隠岐諸島のうち、中ノ島にある一島一町の町だ。人口は2,000人あまり。本土の松江や境港からは、フェリーで約3時間かかる。
この島は、全国でも知られた「まちづくりの島」だ。過疎と財政難で町の存続が危ぶまれたなかで、島の産業を育て、島外から移り住む人(Iターン)を受け入れ、島の高校を立て直してきた。
町のキャッチコピーは「ないものはない」。都会のように何でもあるわけではない。でも、暮らしに必要なものはすべてここにある。二つの意味を重ねた言葉だ。
図書館が、なかった
その海士町には、長いあいだ公共図書館がなかった。
島で本に触れられる場所は、一軒の本屋と、本の少ない中央公民館の図書室、そして学校の図書館だけ。新しく図書館を建てる予算も、十分にはなかった。
それでも町は、子どもや島の人たちの「人間力」を育てる柱として、本と図書館が必要だと考えた。そこで生まれたのが、海士町らしい発想だ。
図書館を一つ建てるのが難しいなら、島をまるごと図書館にしてしまえばいい。
島まるごと図書館構想
2007年、「島まるごと図書館構想」が始まった。
考え方はシンプルだ。保育園、小学校、中学校、高校といった学校を中心に、公民館や港など、島の人が集まる場所に本を置く。そしてそれぞれを、図書館の「分館」と位置づける。島じゅうに点在する本棚をネットワークでつなげば、島全体が一つの図書館になる。
構想の始まりとともに司書が2人採用され、その年の12月には港や公民館に最初の分館ができた。そして2010年10月、その中心となる海士町中央図書館が開館した。
図書館を担った職員の一人が、いまの館長の磯谷奈緒子さんだ。鹿児島県出身で、2000年に海士町に移り住み、町の商品開発の研修生として島のまちづくりに関わった。司書の資格は持っていたが、図書館で働いた経験はゼロ。そこから島の図書館をつくり始めた。
港にも、病院にも、ホテルにも
いま分館は「ミニライブラリー」と呼ばれ、学校だけでなく島のあらゆる場所に広がっている。2023年10月時点の一覧を見ると、
- 地区の公民館:菱浦、東、知々井、崎
- 暮らしの施設:海士診療所、歯科診療所、保育園、福祉センター、郵便局、役場の議場
- 交流・歴史の施設:菱浦港のキンニャモニャセンター、隠岐國学習センター、後鳥羽院資料館、村上家資料館、旧崎小学校
- お店や宿:港の食堂、ホテル、B&B、カフェ
と、島の暮らしのほとんどの場所に本棚がある。病院の待合室で、郵便局で、船を待つ港で、本に出会える。分館で本を借りたり返したりでき、島のあちこちには返却ポストもある。
最近では、お店や個人の自宅までもが分館に加わっているという。図書館が島にやってくるのではなく、島の人が図書館を自分の場所に迎え入れているのだ。
島外から、本を応援してもらう
中央図書館の建物は、役場の裏手にある隠岐開発総合センター(中央公民館)に、木造平屋の図書館棟を増築してつくられた。図書館部分は約270㎡と、小さな図書館だった。開館したときの蔵書は約8,000冊。少ない予算のなかで、本をどう増やすかが課題だった。
そこで図書館が試みたのが、クラウドファンディングだ。「あま図書館応援プロジェクト」として、インターネットで全国から本の購入費を募った。結果は93人から124万円。当時の図書館の年間予算に匹敵する額が集まった。公共図書館がクラウドファンディングで資料費を集めたのは、全国でも初めての例とされる。買う本は、職員だけでなく島の人たちも一緒に選んだ。
2014年、海士町中央図書館は島まるごと図書館の取り組みが評価され、「Library of the Year」の優秀賞を受けた。
2025年、広くなった図書館
中央図書館の窓からは、川と田んぼの風景が見える。2025年4月1日には改修を終えてリニューアルオープンし、前よりも広くなった。
- えほんのへや:入ってすぐ左。クッションやカーペットに座って絵本が読め、窓辺には大人用の机と椅子もある
- ロビー:海士町の資料やまちづくりの本が並ぶ。飲食もできる
- カフェコーナー:入口にあり、図書館で売っている飲み物などをカウンターやテーブルで楽しめる
- 一般フロア:高校生以上向けの本が中心。かつて事務室にしまわれていた本も、開架に出された
- 開架書庫:郷土の歴史、島根や隠岐の歴史、大型本などが並び、集中できる閲覧・学習席もある
- 雑誌コーナー:約40誌
ロビーには、ちょっと変わった棚もある。「シードライブラリー(種の図書館)」だ。海士町の野菜などの種を借りて育て、収穫したら、できた種を返す。本と同じように、種も島の人たちの間を巡っていく。
静かに勉強するための場所というより、島の人が気軽に立ち寄って過ごす場所だ。顔見知りが多い小さな島では、人間関係に少し疲れた人がひと息つける場所にもなっているという。マンガしか読まなかった子どもが、図鑑や伝記を読むようになった、という話もある。
「大人が変われば子どもは変わる。子どもが変われば未来が変わります」。磯谷さんの言葉だ。
Phase 5のなかで
Phase 5の#4では、福島県矢祭町の「もったいない図書館」を訪ねた。図書館を建てる予算がなかった町が、全国からの寄贈本で図書館をつくった。海士町も、予算の少ない小さな自治体だ。でも海士町は、寄贈を集めて一か所の図書館を立派にするのではなく、島にあるものをつなぐことで図書館をつくった。
建物を建てずに、学校も、港も、病院も、ホテルも図書館にする。図書館を「建物」ではなく「島の仕組み」として考えた、ほかにない図書館だ。2020年、開館10周年を機に新しい図書館構想がつくられ、島まるごと図書館はいまも広がり続けている。
設備とアクセス
海士町へは、本土の七類港(松江市)や境港から、隠岐汽船のフェリーで約3時間、高速船で約2時間。島の玄関口は菱浦港だ。天候で欠航することもあるので、旅程には余裕を持ちたい。
中央図書館は、海士町役場の裏手にある隠岐開発総合センター(中央公民館)の中にある。菱浦港からは車で約6分。島内を走るバス(豊田線)なら約14分で、「役場前」で降りてすぐだ。歩くと40分ほどかかる。
開館時間は9:00〜18:30で、火曜日が休館(祝日の場合は翌日)。年末年始や特別整理期間も休み。
本は1人15冊まで、3週間借りられる(1回延長できる)。返すときは図書館のカウンターか入口の返却ボックスのほか、島内9か所の返却ボックスでも返せる。島根県立図書館の本を取り寄せて受け取ることもできる。
独立した学習室はないが、一般フロアと開架書庫に読書・学習席がある。ただし、この席ではパソコンは使えない。パソコンを使うなら、コンセント完備のパソコン席へ。館内では公衆無線LANが使えるという情報もある(2025年のリニューアル後の案内では確認できなかった)。
駐車場は、役場や隠岐開発総合センターと共用の無料駐車場が使えるという情報があるが、公式の案内では確認できなかった。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 島根県隠岐郡海士町大字海士1490(隠岐開発総合センター・中央公民館内、役場裏) |
| アクセス | 七類港・境港からフェリー約3時間、高速船約2時間(菱浦港)。菱浦港から車で約6分、バス約14分「役場前」 |
| 開館時間 | 9:00〜18:30 |
| 休館日 | 火曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始・特別整理期間 |
| 蔵書 | 約3万6,000冊(2020年時点、開館時は約8,000冊)。ほかに分館に蔵書あり |
| 貸出 | 15冊まで3週間(1回延長可)、島内9か所の返却ボックスで返却可 |
| 開館 | 2010年10月(島まるごと図書館構想は2007年から)、2025年4月リニューアル |
| 分館 | 学校、公民館、港、診療所、郵便局、ホテル、カフェなど島内各地のミニライブラリー |
| 受賞 | Library of the Year 2014 優秀賞 |
| 併設 | 中央公民館、カフェコーナー、えほんのへや、シードライブラリー |
| Wi-Fi | あり(公衆無線LAN、リニューアル後は要確認) |
| 電源 | パソコン席にあり(読書・学習席ではPC不可) |
| 学習室 | 独立した部屋はなし(一般フロア・開架書庫に読書・学習席あり) |
| 駐車場 | 役場などと共用の無料駐車場があるとの情報(公式では未確認) |
| 公式サイト | 海士町中央図書館 |
こんな人におすすめ
- 「島全体が図書館」という仕組みを、自分の足で歩いて確かめたい人
- 小さな自治体の図書館づくりや、まちづくりに興味がある人
- 港や病院、ホテルの本棚で、偶然本に出会ってみたい人
- 後鳥羽上皇ゆかりの地や、隠岐の自然とあわせて島旅をしたい人
- 矢祭もったいない図書館や瀬戸内市民図書館とあわせて、「お金をかけずに図書館をつくる」工夫を見比べたい人
周辺スポット
隠岐神社・海士町後鳥羽院資料館
承久の乱に敗れて隠岐に流され、この島で19年を過ごして亡くなった後鳥羽上皇をまつる神社。隣の後鳥羽院資料館では、上皇の暮らしや和歌の世界を紹介している。新古今和歌集を編ませた歌人でもある上皇は、島でも歌を詠み続けた。資料館も、島まるごと図書館の分館のひとつだ。
Google Mapsで見る ›菱浦港(キンニャモニャセンター)
本土からのフェリーや高速船が着く、海士町の玄関口。港の建物「キンニャモニャセンター」には、観光案内所や食堂、土産物の売店が入っている。名前は、島に伝わる民謡「キンニャモニャ」から。この建物の2階にも図書館の分館があり、船を待つ間に本を手に取れる。
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海士町へは、本土の七類港(松江)や境港からフェリーで約3時間、高速船で約2時間です。日帰りは難しいので、島に泊まるのが基本。菱浦港の近くには、隠岐の自然を体験するホテルや民宿があります。
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